ある日、ジェームス・ジョイスの seminar(ゼミ)で、韓国人の学生に出逢いました。 初回のクラスに遅刻して来た彼は、教授に自己紹介するように言われると、
"My name is S. Kim. I am a graduate student at Yonsei University in Seoul, majoring in literature. I specialize in Joyce. I'm here just for the summer to take this seminar."
(キムという名前で、韓国のヨンセ大学の大学院で文学を勉強しています。専門は、ジョイスです。この夏だけコロンビア大学に来てジョイスのコースを取ることになりました)
と答えました。
私は、韓国から来たばかりなのに、なんでこんなに英語が流暢なんだろね〜と興味深々でしたが(というか、超カッコよかったからかもしれないが。笑)、授業中に話かける訳にもいかないので、その場は彼に近づくことができませんでした。
ところが、クラスが終わってから教科書を買いに書店に行くと、後ろの方から
"Where is the shelf with the James Joyce texts?"
(ジョイスのテキストが置いてある棚はどこですか)
と店の人にたずねる声が聞こえました。聞き覚えのある、穏やかな声に振り返ると、なんと、今さっき教室で別れたばかりのキムさんが、こちらに入ってくるではありませんかっ!
自分の方に歩いてくるキムさんをしばらく、くぎ付け状態で眺めていると(笑)、彼は棚の前でひとり突っ立っている私の前で立ち止まって、
"You need this, don't you?"
(これがいるんでしょう?)
と、ガイドブックを取って手渡してくれました。
"How come you knew I needed this?"
(どうして、ガイドブックが要るって分かったんですか?)
と思わず聞くと、
"You've got the text already."
(テキストはもう持っているからね)
と、私が小脇にかかえていた教科書を指差しました。
イヤイヤ、そうだった、そうだった、と自分の愚かな質問に苦笑しながら、キムさんはジョイスが専門だから教科書はもう持っているんでしょうね、と再び尋ねると、昨日NYについたばかりで、スーツケースがどこか別の空港に行ってしまったようだ、との返事でした(どっかできいたことがある話だか、ずいぶんイメージが違うな〜。)。
そして、2人でテキストを買った後、幸運の女神の微笑む中、カフェでキムさんとランチをすることになったのでありました。イエーイ!
いつもは大食いなのに、私は食べるのも忘れて、どうしてそんなに英語が上手なのか、大学院は何年目なのか、どうして文学を専攻しているのか、何をきっかけでジョイスが好きになったのか、アメリカは初めてなのか、などなどキムさんを質問攻めにしました。
そのうち、キムさんは、なんと私の高校の先輩だということがわかりました。彼はアメリカで高校に通っていて、その高校が私と同じペンシルベニア州のジョージ・スクールだったのです! 偶然ってあるものだなぁと驚いたのと同時に、同じ時期に通っていなかったことが残念でなりませんでした(苦笑)。
キムさんは作家志望ということで、現在も作品を書いているとのこと。いつかは自分も物を書く仕事がしたいと思っていた私にとって、キムさんは即座に憧れの的になりました。
いつもは同じカフェで2人前のパスタを食べているちょびつき筆者も、ステキな彼を目の前に胸がいっぱいで、ちっとも食べ物が入っていきません(こーゆー男性がオフィスにいれば、痩せるんだろうね? ひひひ)
ランチの後、アップタウンのビルに帰ると、ドア・マンのジョーがいつものように仕事をほったらかして、詩を書いていました。
"Hey, Kana, you look awfully happy today?"
(カナちゃん、今日は、ずいぶんとハッピーじゃないの?)
と聞かれたので、超スーパー・カッコイイ韓国人の先輩に会ったという話を、延々とジョーの嫌気がさすまで続けた石黒さん(笑)。
その後は、セミナーの課題である、ジェームス・ジョイスの短編集やユリシーズなどの大作を予習するのに追われて、なかなか憧れのキムさんとお食事する暇がなかったのですが、中間試験が終わった日にミッド・タウンに韓国料理を食べに行くことに!
"Can I drop off my books at my place and change?"
(部屋に本を置いて、着替えてから行ってもいいですか?)
夏なのに、薄い水色の長袖のシャツに、黒のスラックスという美しいイデタチのオッパ(韓国語でお兄さんという意味)に、せーっかくお食事に誘っていただいたのにもかかわらず、Tシャツにサッカーの選手が履くような短パン姿の私は、焦ってそう聞きました。
部屋の鍵を開けてオッパを中に入れると、彼は私の大きなデスクの前に立って大笑いしています。
「加奈も朝ぎりぎりまで勉強していたんだね?」
「そう、なんで?」
「だって、辞書やガイドブックすべて出しっぱなしでしょ、ノートも散らかってるし。それに、電気だってつけっぱなし」
オッパは、天井の明かりを指して言いました。
「電気はいつもつけっぱなし…」
「寂しがりやなんだ」
「どうして?」
「だって、帰ってきたときに部屋が暗いのが嫌なんでしょ」
私は、オッパの洞察力にビックリ。
とりあえず、急いで支度して、韓国料理店に着くと、もうラストオーダーの時間でした。
私が、韓国語で料理を頼むのは得意なんだ、と日ごろの練習の成果を見せると、ウエイターさんは、
「お客さまはどこの国の方ですか」
と聞いてきました。
私は、
「日本人ですよ」
と、流暢(?)に返事した後に、ふと考え込んでしまいました。
ああ、私は、何人なんだろう?
もちろん日本人です。山梨県で生まれ育って、両親も日本人なので。でも、アメリカで7年間、いろいろな国から来た人たちに会うことや、英語や韓国語、中国語を勉強することで様々な影響を受けてきました。
アップタウンへ帰る車の中で、ソギオッパと話しました。
"I wonder who I am . . ."
(あたしって何人なのかな、って思うよ)
"Perhaps you write to find that out."
(それを知るために、書くのかもね)
と、オッパは静かに答えました。
今、こうして、留学時代を含めて、自分が今まで出会った人たち、そして、好きだった人たちのことについて書いてみると、私は、そういった人たちの結晶なのかな、と思います(←ちょっと、かっこつけすぎか?)。書くことで、いかに彼らの言葉や生き方に導かれ、励まされてきたかを実感できるからです。そして、それが分かった今では、昔ほど、大好きな家族や友だちと離れて暮らすことを寂しいと思わなくなりました。
だから、会社に来るときは電気を消して家を出ます(笑)。だって、電気代が高くつきますからね?!(苦笑)
大学編最終回へつづく |