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2016年8月26日号掲載の記事(ST編集部訳) print 印刷用に全て表示
Essay

Zombie invasion (p. 9)

ゾンビの侵略

『ポケモンGO』をやっているたくさんの人が、7月22日の日本での配信開始以来、そのスマートフォンのゲームの依存症になったと話している。その気持ちはわかるかもしれない。私も『アングリーバード』というゲームにはまった時期が2011年に6ヵ月間あった。そのゲームは、緑色の豚に向かって不機嫌な鳥類を投げるというものだ。電車でそのゲームをし、自宅でも数時間、毎晩スマートフォンを見つめて過ごしていた。ときどき、じりじりするような場面の最中になると特に、夕食を食べるのを忘れることもあった。この時期は、私の人生で社交的な時期だったとはとても言えない。

少なくとも、『ポケモンGO』を楽しんでいる人々は、家から外へ出かけている。少し前に発表されたスマートフォンのゲーム―『アングリーバード』のような―は、いい時間つぶしになるので、ユーザーを引きつけていた。仕事へ行く途中や、誰かを待つ間に遊んだり、食事の代わりにプレーしたりもする。しかし、『ポケモンGO』について興味深いのは、それがいかに積極的であるかだ。恐らく、今ではご存じかと思うが、歩き回って生き物を自分で見つけなければならない。このことは、もともとはフィットネス向けのアプリとして構想されていたことを考慮に入れれば、当然だ。『ポケモンGO』はソファに座ったままでも使うことができるが、それでは最大限まで楽しめない。

このゲームがプレイーヤーを、ぼんやりとスマートフォンの画面を見つめながら、仮想の動物を捕まえようと道をうろうろ歩くゾンビにしていると批判する人もいる。『ポケモンGO』との私の最初の接触も、似たような感覚を呼び起こした。東京から3時間ほどの森で週末を過ごしていて、インターネット接続はなかった。首都に戻ると、私の周りの皆がスマートフォンを見下ろして、リリースされたばかりの『ポケモンGO』をしているのに気がついた。周囲に特に注意を払っているようには見えなかった。

しかし東京では、少なくとも、『ポケモンGO』以前からこのような感じだった。私は、インスタグラムにくぎ付けになっていたり、Eメールをチェックしたりしているたくさんの人たちの中へ歩いて入っていった。『ポケモンGO』は、スーツを着た労働者たちが毎日の通勤中に見つめる1つの新プログラムに過ぎない。社会革命は見たことがないが、友人同士が集まって出歩き、ゲームをしているのを見たことはある。

興奮とともに受け入れられようが、いら立ちとともに受け止められようが、『ポケモンGO』が一時的なはやりで終わるのか、それとももっと実質的な何かであるのかをやがて知るのは興味がある。すでにプレーヤーたちは、ゲームのメーカーであるナイアンティック社に対し、ゲームからある要素を取り除き、それをソーシャルメディアを通じてユーザーに相談しないことについて、不満を抱えるようになっている。これがいかに大きなパラダイムシフトであるかと騒がれているが、ユーザーがすぐに飽きて、次の話題のアプリに何でも乗り換えるという可能性は十分にある。

だが私は、傍観者として様子を見ようと思う。東京を出歩いて、デジタルのネズミに向けてデジタルのボールを投げるのは、あまりにも暑過ぎる。もしかすると秋になったら、やってみる気になるだろうが、当面は『アングリーバード』に再挑戦する可能性の方が高い。

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