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2016年11月25日号掲載の記事(ST編集部訳) print 印刷用に全て表示
Essay

Too many cooks? (p. 9)

料理人が多過ぎる…?

今夜の夕食は何にしよう? これはわくわくする質問だろうか? それとも、不安でいっぱいになる質問だろうか?

私は料理が得意だったことはない。思い出せる限りでは、トーストは焦がし、卵は茹で過ぎ、ソーセージは生煮えにしてしまったことがある(ものの例えだが ― いやしかし、文字通り、イギリス風の朝食を作ろうとしたときにもこれは起こっている)。

日本ではほとんどの時間を、ワンルームのアパートやシェアハウスで暮らしてきたので、きちんとしたキッチンがあったことがない。シンクの横についた一口コンロがせいぜい台所の設備に近いものだった。私はいつもコンビニで出来合いの食べ物を1パック買って、電子レンジで温め、フタをとるだけで「はい、どうぞ!」。一人暮らしにはそこそこの食事だった。

今はしかし、広いシンクがあって、一口ではなく二口コンロがあり、材料を刻んだり、準備をしたりするための分かれた調理台があり、オーブンもある、本物のキッチンがついた本物の家に住んでいる。まるでル・コルドン・ブルー(料理学校のこと)だ。

こうした設備が整っているおかげで、毎晩たくさん料理をすべきだという気がしている。そこで、最近、料理教室に通い始めた。難点は、その料理教室は日本料理を中心にしていることで、日本料理は私にとって全く新しい世界だ。私はもちろん日本の食べ物を日常的に食べているが、それを料理することになるとは?!

実際は、日本料理を学ぶことで、私は食べることをずっと感謝できるようになった。私たちは、うまみについてと、日本料理の基礎となる主要な原料 ― しょうゆ、料理酒、だし、砂糖 ― について学んだ。野菜の下ごしらえや切り方には異なった技術があり、どの材料を組み合わせるかにもルールがあった。国の歴史と言語にとても深く結びついた料理の文化を発見するのは面白い。

従うべき技術があるという点において、こうしたアプローチはイギリスにも似たものがある。しかし、イギリス料理(誰もがイギリス料理はまずいと思っているものの)では、材料や料理の幅がもっと多様な気がする。現在のイギリス料理として私たちが思い浮かべるものへの影響は、かなり広範だ ― インド料理からイタリア料理に至るまであらゆるものがイギリスの食べ物と見なされる。イギリス料理の基礎となる主要な材料を思い浮かべようとすると、何もないことに気がつく。もしくは、あまりにも多過ぎて挙げることができないほどだろうか?

イギリスでは、うまみという概念を持っていない。料理は万華鏡のようなものだ。ランダムに展開される。イギリス料理とは何であって、何を含むのだろうか? 一つの答えというのはないのだろう。

それが料理の楽しみであり、私はそのありがたみが分かり始めてきた。私たちの料理の先生は、料理に自分の少々のオリジナリティをいつも足すようにしなさいと言う。なので、今夜はイギリスフュージョン風の究極のカボチャにしよう。

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