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2016年12月2日号掲載の記事(ST編集部訳) print 印刷用に全て表示
Essay

My first coup d'etat (p. 11)

最初のクーデター

私が最初に経験したクーデターは1991年の夏のことだった。私はちょうど、ヨーロッパで会議に参加していた。日本に戻る途中、ロシアの同僚たちの何人かに会おうと、モスクワに立ち寄った。数日間を彼らと過ごし、仕事のことを知ることができて、ウォッカをたくさん飲んだのは素晴らしいことだった。

出発の朝、彼らは私を見送りに来てくれた。心配そうだった。「うわさを聞いただけなんだけど」と1人が言った。「ゴルバチョフ書記長が誘拐されたって」。私たちはすぐにテレビをつけた。どのチャンネルも同じものを放送していた ― クラシック音楽が流れるテストパターン(テレビの試験放送で流れる画面のこと)だ。これは良くない兆候だ!

同僚たちは友人たちに電話をかけ始めた。「赤の広場に兵士たちがいる」と一人が伝えた。

私は時計を見て、もう出発しなければならないことに気が付いた。「中断して申し訳ないのだけど、日本へ行く飛行機に乗らないと!」と私は言った。

これが本当にクーデターであれば、空港は閉鎖されることが分かっていた。もしそうだったら、私はモスクワから出られず、家族の元に帰ることができない。

友人の車で私たちは急いだ。幹線道路では、戦車の行列を通り過ぎた。驚くべきことに、空港は開いていて、通常通り動いていた。出発ロビーは混乱していたが、私の乗る飛行機は定刻通りだった。

チェックインカウンターで、私は別のロシア人の同僚と鉢合わせになった。偶然、彼女も同じ飛行機に乗るところだった。「横浜に魚を持っていくの」と彼女は言った。彼女の横には、ロシアのチョウザメが入った5つの水槽があった。「横浜の水族館で展示があるの。魚を連れてきて、通訳をするように頼まれていて」と彼女は説明した。

私たちは何とか席を一緒にしてもらうことができ、その後の9時間をおしゃべりして過ごした。東京で飛行機を降りると、ジャーナリストやテレビレポーターの集団が目に入った。私たちはモスクワから初めて出た飛行機から降りてきたので、彼らはニュースを得ようと必死だった。「何が起こったのですが? 何を見ましたか?」と彼らは私たちに向かって叫んだ。

残念ながら、私たちの飛行機に乗っていた日本人の乗客はロンドンから経由してきただけで、モスクワでは飛行機を乗り換えただけだった。クーデターについては何も知らなかった。私はレポーターたちに申し訳ない気持ちになった。これは重要なニュースだった。人々は知る必要がある。私の日本語は下手だったが、話すことにした。

「ちょっといいですか。モスクワで5日間過ごしたばかりです。クーデターをこの目で見ました」と私は話した。私が見たものを説明している間、すべてのカメラが私の方を向いていた。注目の的になるのは変な感じがした。しかし、一人の目撃者として、私には何が起こっていたのかを伝える責務があった。

報道陣たちが走り去ると、私はロシア人の同僚が税関で魚を通過させるのを手伝った。後から知ったのだが、私のインタビューは全国放送で流れたそうだ。私は有名人だった!

幸運なことに、モスクワでのクーデターの企ては失敗し、首謀者らは逮捕され、ミハイル・ゴルバチョフは解放された。それ以来、他にもクーデターを経験したが、初めてのクーデターのことは、戦車と、ロシアの魚と、クラシック音楽という奇妙な組み合わせとともに、忘れることはないだろう!

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