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2017年4月7日号掲載の記事(ST編集部訳) print 印刷用に全て表示
Essay

Turning shopaholic (p. 9)

東京で買い物中毒になる

私はこれまで特に買い物好きというわけではなかった。

10代の頃は母親に服を買いに店から店へと連れ回された。友だちに見せびらかせる新しい服を全部手に入れられたことを喜ぶべきなのだが、ひどく面倒だという感覚しかなかった。買い物をするお金を自分で稼ぎ出すと、必要なものはいつもインターネットで探していた。ずっと簡単なのだ:ボタンを1回クリックして1週間待つだけで、商品がドアの前に届く。

時間を早送りしよう。今、私は日本に住んでいる。ここでは小売の文化が全く新しい ― そして極めてうまく考えられた ― レベルに達している。

東京には文字通り至るところに店がある。店に入らずに10ヤードも歩くことはできないのではないかという気がするときもある(店に入っているのに気づかないことも多い)。いくつかの電車の駅では、改札口から建物を出ることなく、複数階立てののデパートにまっすぐ歩いて入っていくことができる。お腹が空いたら? 駅の入口にある非常に小さなキオスクで種類の豊富なお菓子を買えばいい。靴が一足必要なときは? 「イッツデモ」のようなお店がプラットホームの間の地下通路に支店を開いている。

通りに出ると、たった1つの物を専門に販売する店がある。1つだけ! イギリスの店はそんなリスクを絶対に負わない ― 誰もがいつも事業を多様化して拡大する方法を模索している。しかし、ここ日本では、1つに集中して人々がそれを求めて1街区を回ってまで並ぶほどうまくいくということがあるらしい ― この風景は街中でよく見られる。

日本の店が長続きすることにもいつも驚かされる。私が住んでいるところの周りにもほこりを被ったアーケード街の店があり、1950年代からあって品揃えも変わっていないようだ。最近、昔ながらの帽子店に立ち寄った。その店には、私の祖母がビンテージ品だと確実に言いそうなとてもレトロなファッションのサンプルが収められていた。それでも、こうした店は続いていて、成長している。この店は、さらに大きな店舗に拡大するために閉店セールをしていた!

それでは、買い物がそれほど好きではない人にとってこのことが意味することは何だろうか? 正直に言うと、買い物嫌いがだんだんなくなってきている。これには、日本での店の見せられ方と関係があると思う。何もかもが巧みに並べられ(食べ物は特に)、週末にデパ地下をうろうろするのは私の楽しみの1つだ。バカらしいほど丁寧な客へのサービスは言うまでもない(イギリスで何かを贈り物用に無料で包んでくれるかどうか聞いてみるといい。やってくれないから)。

たぶん、何も買わない限りは、これで問題ないと思うのだが。

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