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2013年8月9日号掲載の記事(ST編集部訳) print 印刷用に全て表示
Essay

A European youth camp (p. 9)

ヨーロッパのユースキャンプ

私の若いころの冒険で最も大きなものの一つは、ヨーロッパのユースキャンプで働いたことだ。それは、ドイツ政府が提供する夏のアルバイトだった。契約は5ヵ月間。申し込むと採用となり、何と場所はスウェーデンだった!

ストックホルムに到着してほかのスタッフに会うのはわくわくした。2週間ごとに、ヨーロッパ中から若者を受け入れた。最初の団体を今でも覚えている。電車が到着すると、10ヵ国から100人のヨーロッパ人が出てきた。最初は、彼らは恥ずかしそうにしていたが、すぐに楽しく過ごし始めた。

どの日もやることがいっぱいだった。バレーボールに、ハイキング、バドミントン、カヌー。たまたま、私はカナダからフリスビーを持ってきていた。1977年のことだったので、まだそこにいる誰もフリスビーを見たことがなかった。私はすぐにユースキャンプのフリスビー・インストラクターになり、ヨーロッパの人たちに遊び方を教えるのを楽しんだ。

毎晩がディスコ・ナイトだった! エルトン・ジョンやビートルズ、アバの曲に合わせて踊った。スタッフの一員として、私の仕事はゲストを楽しませることだった。それは大変な仕事だった―スペイン、ドイツ、デンマークなどいろいろな国のかわいい女の子たちとダンスをする。それでお金をもらっていたなんて今でも信じられない。

それぞれのキャンプ中、異なる国々の人々の間に友情が生まれた。ロマンスも花開いた。毎日、スイスかベルギーのかわいい女の子とスウェーデンかアイルランドのかっこいい男の子など、手をつないで歩くカップルが増えていった。若かったから、言葉の壁なんてなかった。コミュニケーションには英語とジェスチャー、そして愛の言葉を使っていた。

食事のときはテーブルの周りに集まった。イギリス、フランス、イタリア、カナダ、ドイツなどの若者が集い、本当にいい友だちになった。その頃から30年前には自分たちの国が敵国同士で、父親世代が戦争に行っていたなんて信じがたいことだった。

一番難しい時はさよならを言う時だった。2週間ともに過ごし、家族のようになっていた。もう二度と会えないかもしれないと思うのはつらいことだった。私たちは抱き締め合い、キスをし、住所を交換して、連絡を取り合おうと約束した。別れがあるごとに、新しい電車が到着した。すぐに涙を拭って、次の団体を歓迎した。

私たちのキャンプが異文化間の理解をどれだけ促進しているかには感心した。でもなぜドイツ政府が関与していたのだろうか? 私は監督にきいた。「ヨーロッパにとって、20世紀は偏見と嫌悪の時代だった。何百万人もの人々が第一次世界大戦と第二次世界大戦で亡くなった。このキャンプを通じて、平和と友情とヨーロッパ市民という意識を促したいと思っている。将来、我々はヨーロッパの通貨とパスポートを導入することを計画している」と彼は説明してくれた。

ヨーロッパの通貨? 共通のパスポート? 私は監督を尊敬したが、これらは信じがたいことだった。それらはみな、青くさくて理想主義的過ぎるように思えた。でも、うまく行ったのだ! 1993年に欧州連合が設立され、今では欧州連合のパスポートと通貨のユーロができている。

もちろん、スウェーデンでの夏を楽しんだが、欧州連合と国際理解を促進するというキャンプのミッションに貢献する上で私が果たした役割を特に誇りに思っている。

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