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2015年10月2日号掲載の記事(ST編集部訳) print 印刷用に全て表示
Essay

Thinking outside the box (p. 9)

既成概念にとらわれずに考える

「あなたがニュージーランド出身なんてあり得る?」 「でもマレーシア人は肌の色が濃い」。「混血でしょ?」 「だって、あなた、とても日本人らしく見えるわよ」。「髪の毛だって黒いじゃない」。「でも黒い目をしていますよ」。「日本人に見えるところもあるけど、中国人みたいに見えるところもある」。「あなたは混血に違いない」。「日本人の血が流れていないって本当に?」

これらは、私が日本で初めての人に会うときに―日本人も日本人でない人も―、私が覚悟しなければならない辛い質問やコメントのほんの一部に過ぎない。そして、これらの言葉は、まさしく上記の順番で、教養があり、よく旅行をしている人たちから言われるのだ。ニュージーランドについてもっと多くのことを知るのではなく、もしくは、私が日本に来たのはなぜかを知るのではなく、こうした人々にはたいてい、私が彼らにとって解析して彼らの既成概念に入れ込む対象物であるかのように感じさせられることとなる。

教養があり、旅行をたくさんしている人たちの多くが、世界中で若い時から他者を既成概念に入れ込むことがよくある。何を着るべきとされ、何で遊ぶべきとされているかから、どのように行動すると想定されているかに至るまで、人々を厳密なカテゴリーに区分けすることで、だれもが他者や自分自身から学ばなくなってしまう。

私は自分のアイデンティティーを説明して守ることに何年も耐えなければならなかった。なので、神戸の近辺に引っ越して、驚くべき―悲しいことにまれな―既成概念にとらわれずに考える人たち何人かに出会ったときは、うれしい驚きだった。

最初の人は、湯沸かし器を直しに来てくれた白髪のガスの修理の男性だった。用紙に書かれた私の名前を見て、彼は私に出身を聞いた。私は尋問への態勢を備えて、「ニュージーランドです」と言った。彼は呼吸を置いて、私がかつて聞いたことのない返答をした。「オーストラリアとニュージーランドにはアジア系の人が多く住んでいるそうですね。どんな感じですか?」

次の人は、私が仕事の前に毎朝お弁当を買いに行く関西の「おばちゃん」だ。彼女に私が英語の教師であることを伝えると、アメリカから来たのかと聞いて私を驚かせた。私が「ニュージーランド」と答えると、典型的な反応ではなく、彼女はこう言った。「常連さんに台湾の女性がおるんよ。その人もあなたも、異国で新しい生活を始めるなんて、立派やねぇ」。

そして3番目の人は、豆腐を売っている年配で気さくな男の人だ。彼は一度、私と友人が彼の店の外で英語で話しているのを聞いたことがあった。その次に彼の店に行くと、彼は複数の言語を話せるのはかっこいいと思ったと話した。

既成概念にはめて考えることは便利でもある:食べて安全か、対、食べたら危険か。誰もが生きていくなかで、意図的にも意図せずとも、既成概念を作り上げていく。しかし、あなたが考えている既成概念が合わない人たちのこととなると、暮らし―そして会話―は、既成概念に再び彼らを詰め込もうとしない方がずっと面白くなるだろう。

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