『世界の英語教室 (小学校)』「島巡り(八丈島編)」
By
Mina Hisada
/Illustration by Puri/Photos by Mina Hisada
「八丈島の言語事情」
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八丈富士を背景に─
春はフリージア祭りが開かれる
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「小学5年生ぐらいのときだったかしら。(八丈)島独特のことばに対して、ものすごく厳しい先生がいたんです。
『学校にきたら、島のことばを話しちゃいけません! 共通語で話しなさい!』って。
それで、一度『どうして自分たちの親が教えてくれたことばを話しちゃいけないのか』という素朴な疑問を、
作文に書いたことがあるんです。以来、先生はピタっとそのことを話題にしなくなってね。今思えば、島出身の先生は、
東京に出て行かれてから、共通語が話せずに、
相当ご苦労されたんでしょうね。子どもだったから、私はなーんにも気付かなかったけれど…」
これは今、ユネスコで「消滅の危機」(※)にあると指定された八丈語(島ことば)
について、八丈島のある方(50代)が話してくれたことです。「島ことば」は、「八丈語」
と名付けられているとおり、国際的な観点からは、「方言」というよりも「1つの言語」としてとらえられています。
※ユネスコは、2009年2月にこの指定を出しました。
消え行く言語に対して、八丈島の方々はどう思っているのでしょうか。また
一方で、小学校では、どのような言語教育がなされているのでしょうか。
小学校の英語教育と合わせて、東京・八丈島におけるそのあたりの状況を取材してきました。
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大賀郷小学校─
後ろに見えるのは、八丈富士
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■おじゃりやれ(=「いらっしゃい」)
昨日の議会でも、(島ことばをどう残すか)ちょうど話題になったんですよ」──
島の教育委員会コミュニティセンターを訪ねると、出迎えてくれた金川育男教育長はこう言った。
緑が生い茂り、山が多いこの島では、村落ごとに違うことばを使っていたといい、その様子を大賀郷小学校の茂手木清校長先生は、こう振り返る。
「私が30年ぐらい前に、この島の小学校に赴任してきたときは、島の人たちが言っていることが全然分かりませんでした。
今は、島ことばを話す子どもたちがいません。逆に、どう子どもたちに伝えていくかっていうのが課題です。だから、ユネスコが言っていることは、
あながちうそじゃなくて、当たっているなぁという気がします。実は、全校朝礼で、いくつか「島ことばクイズ」をやったことがあるんですよ」
例えば、こんな具合に…
・「めならべ」=「女童」って書くんですけど、意味分かります?→(答えは)「若い娘」
・「とんめて」=これなんかは、枕草子に出てきますが、漢字で書くと「東明朝」→(答えは)「早い朝」
・「あっぱめ」=赤ん坊のこと。「め」は「小さい」を意味するんです。
・「えずい」=「難しい」とか、場面に応じていろんな意味に変わります。
・「いらっしゃい」は、行くも来るも「おじゃりやれ」です。
(※「おじゃりやれ」は、有名な島ことばの一つ。八丈島から遠く離れた南大東島でも使われています。
このことは開拓精神にあふれる八丈島の人々が、南大東島に渡ったという事実を表すものです。)
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トコトコ近づいてきた牛さん─
島の特産、八丈牛乳の主だ
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■アイデアはヨソモノから
島ことばに関心を持つのは、特に東京から人たちだという。
例えば、最近、内地出身(島では、内地のことを「クニ」と呼ぶ。内地とは本土のこと)
の先生のアイデアで始まったのが、「島ことば日記」(※)。大賀郷小学校では、数年前から始めているという。
※日記は、その日の出来事が数行で書かれたもの。これを、子どものころから島ことばに親しんでいたという菊池良治さん
(八丈町教育委員会教育課生涯学習係係長)に読んでいただいたが、そう簡単にはいかなかった。
「ん? あれ? なんかうまく読めないな。違うことばみたいだなぁ」と首をかしげる菊地さん。
島ことばは、もともと「話す」ためのことばだったので、「読む」と違和感を感じるらしい。
これには、その場に居合わせた金川教育長も茂手木校長も、同感であった。
茂手木校長は、「島日記」からこんなヒントを得たという。
「島日記を始めるために、まず、お年寄りに来てもらって『音』から聞かせたんですがね。
最初は、まるで外国語を聞いているみたいに「ぽかーん」としていました。それで思ったんですが、
島ことばを存続させる1つの案として、例えばお年寄りに民話を島ことばで語ってもらい、それを子どもたちが暗唱する──というのはどうかと。
子どもたちは、島の民話は知っていますから、そうすると島ことばも覚えやすいと思うんです。
これなんかは、遠野もやってますよね(※)」
(※岩手県遠野市。河童や座敷わらしなどが登場する「遠野民話」で知られている。)
茂手木校長は、こう続けた。
「『夏休みの自由研究』で、方言を取り上げる子が中にはいるんですよ。
でも、それは、『点』でしかない。『面』にはならない。点を面にするには、
やっぱり学校教育の中で、みんなで勉強するしかないと思うんです。意識的に教えないと次の世代には伝わらないんじゃないか、と。
実は小学5年生に、『方言』っていう時間があるんですけどね、八丈のことばが書かれていない教科書を使ってるんで、島のこどもたちが
、島ことばに触れる機会が、学校教育の中ではないのが現状です。それを、八丈では八丈のことばを学べる時間にすればいいと思うんです」
前出の金川教育長はこう言う。
「若いお父さんやお母さんに教えてやれば、子どもに対して使うようになるかもしれないですよね。結局英語教育と同じじゃないでしょうか」
■ある意味英語教育と似ている?
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八丈富士から─
山の向こうに見えるのは、海
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ある人は、八丈島を「日本の縮図だと思っている」と語った。例えば島には、太平洋からの影響と思われる「丹那婆伝説」、
(中国)大陸からの影響と思われる「除福伝説」、そして北方(出雲系)からの影響と思われる「八十八重姫伝説」がある。
それはつまり、海を伝ってさまざまな影響があったことを意味している。内地とて同じだ。
別の観点からも、同様のことが言える。例えば、島にある3つの小学校では、「国際理解
」という名の下で、英語活動を行なっている学校もあれば、まったく行なわれていない学校もある。
最も盛んな大賀郷小学校では、1年生から行なわれている。来年からは、指導要領が変わるため、
どの小学校でも5年生から英語活動は行なわれる予定だが、このあたりも内地の現状と同じである。
こうした状況で島ことばの存続が危ぶまれる中、一つ安堵を感じたのは、
大人たちの意識の高さであった。島ことばも英語も、その環境を大人がいかに与えるかで、
子どもたちの将来が変わってくるのではないだろうか。
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編集後記☆★☆
今年になり、偶然手にした黒田龍之助の『にぎやかな外国語の世界』(白水社刊)。それによると、現在ある言語の
4分の3の言語が21世紀に消え行くかもしれないという。
そんな中、耳にした「八丈島の言語、消滅の危機」のニュース。「行ってみるしかない」と思った。
島に着いてみると、予想していた以上に共通語を話す人たちが多く
、島ことばはお年寄りが多く集まるという「温泉」に行けば聞けるとのこと。
そこでいくつか温泉地を回ってみた。だが、時間が合わなかったのか、
なかなか島ことばを耳にすることができず、結局たどり着いた所は「老人ホーム」だった。
94歳の奥山熊雄さんは、かつて島の地区ごとにことばが違っていたことや、
「おはよう」は、「およりやったか」(敬語)と「やすみやったか」(普通体)
を使い分けていたことを話してくれた。若いころは、八丈太鼓の名人で「熊おじ」と呼ばれていたという
奥山さんは、消え行く島ことばに対して
、一言、「残念です」と。太鼓も言語も文化の1つのはず。
その文化を後世に伝えていくのは、今を生きる私たちの使命であろう。
ところで、島には大きな山が2つある。そのうちの1つ、八丈富士に登ってみた。
途中、聞こえてくるのは軽やかな鳥の鳴き声。頂上に着くと、広がる絶景。そして、かすかに聞こえる「グォー」という海の音。自然に囲まれ、
素朴な人々が暮らすこの島には、また訪れたいと思わせる和みや優しさや深さがある。
「八丈語」も併記されたパンフレットを手にし、いつか再び訪れたい。
※今回は、予定していた「ALTインタビュー」を変更してお送りしました。
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