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小さな英語教室

By Yuri Kiba / キバ・ユリ

オーストラリア人の夫と結婚し、シドニー在住歴24年の筆者が、学校とは離れた教育の場で、子供たちを見ていて感じたこと、考えさせられたことを紹介するコラムです。
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Yuri Kiba / キバ・ユリ

Vol. 59 : ある医者の家庭:息子の友人の思い出

 ノーベル医学賞を6人出しているオーストラリア。大学の医学部への入学状況は日本と同様に狭き門です。ただ、多くの大学が医学部を設けている日本と違い、オーストラリアは総合大学が少ない上に、各大学で60人前後しか採りませんから、多くの医学部志望の学生は、直接医学部に入ることは考えていません。まずは大学でほかの科目を取り、優秀な成績を修めたあと、医学部転入を狙います。大学側も、医者としての人間性を考慮するためか、他学部からの転入生の枠をかなり設けているようです。

 この転入制度により医学部に入った息子の友人の一人に、ポールがいます。息子とは小学校から同じ学校でしたから、今なつかしく思い出します。ポールの父親は医者でしたが、ここで医者の息子の問題を述べるつもりはありません。海の向こうの思い出話として読んでください。

 ポールは、そのころ、シドニー市内が見渡せる豪壮な邸宅に住んでいました。私の家の近所で、シドニー湾の先端であるその界隈は、バスの便が悪い上に市内まで時間がかかるため、当時私は、息子を車で送迎していました。ポールの家では父親が病院へ行くついでに送っていたようです。しかし、中学に入るころから、彼は折を見て私の車に便乗させてくれと頼むようになりました。

 母親は家にいるので心にひっかかるものはありましたが、重荷でもない距離だったので、よく便乗させていました。ところが、朝行っても家の中から誰もあいさつに出てきません。感じの良いお母さんだったのですが、お礼もなく、私は次第に気分を害してきました。その上にポールが、何も言わずに車のドアをバターンと閉めて降りたりするようになり、憤りは募るばかり。

 そして、ある日の朝、彼から電話があって乗せてってくれと頼まれたとき、息子に「これが最後よ」と念を押しました。そのときの息子の反応は記憶から消えています。なぜなら、強烈な朝日の中の次の場面がショックだったからです。ポールの家の前に彼の姿が見えず、随分長い間待ってようやく家から出てきたとき、彼は謝りもしませんでした。カッときましたが、遅れているので出発しようとしたら、なんと車庫からお父さんの車が出てくるではありませんか。

 病院に出勤なら送って行けばよいのにと怒りも頂点に達し、ポールに一言言おうと後ろを振り返って、一瞬すくみました。すごい形相で父親の車をにらんでいるのです。そのとき初めて、当時のポールが昔の明るいポールでないのか理解できたような気がしました。

 私は言葉もなく、再び前方を見たら、父親の車は丁度走り去るところ。私の車に朝日が当たっていたので、ポールの表情は見えたはず。ついでに、あっけにとられている私の表情も見えたでしょう。前方の車は逆光だったのでシルエットだけでしたが、父親の動作にうろたえのようなものを察しました。

 そして、私が感じたことは現実となり、しばらくして両親は離婚。母親はポールと弟を連れて、小さな家に引っ越しました。維持費がかかる豪邸よりも、子供の教育を優先にしたのではないかと思います。

 引っ越した当初、彼は彼なりに母親の仕事を助けようと友達に声をかけたりしていました。わが家では、中学に入ったばかりの息子から「ねえ、通信販売で食品を買わない? 質は良いらしいよ」とか「絵の額いらない?安いんだって」などと聞かれ、頭がハテナ(?)マークでいっぱいになった思い出があります。「ポールから売ってくれるように頼まれた」という救急セットは買いましたが、今思えば、あれは父親の病院で配給する救急セットではなかったか…。

 彼の父親は別の女性と生活を始めたため、会う機会も次第に遠のいたようでした。お母さんがとても温かな人でしたし、家庭でのけんそうがなくなったことが幸いしたでしょうか。しばらくして、彼は以前の元気なポールに戻りました。もちろん複雑な感情を抱えていたことは確かだと思います。

 息子がオックスフォードにいたとき、バックパックを背負い、世界旅行の途中だと言って泊まっていきました。その翌年に医学部に転入するという話だったので、ああ、成功したんだなと思いました。母親の堅実さか、父親のガイダンスか、はたまた彼の性格かは分かりませんが、医者になる夢は揺るがなかったようです。彼は良い医者になると思います。

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