「馬一頭食べられる」は、すごくお腹の空いているときに多くのアイルランド人が使う表現だ。 こんなふうに言うのは、馬の味が好きだからではなくて、馬はアイルランド国内で見られる中で圧倒的に一番大きな動物だからだ。もし、アイルランドの平野を象が歩き回っていたら、代わりにこう言っていたかもしれない。「とてもお腹が空いて、象一頭食べられるくらいだ」。
実際、アイルランドでは、馬の肉を食べるということは考えただけでぞっとする人がほとんどだ。馬を食べるのは、フランス人やイタリア人、ベルギー人、そしてもちろん日本人に任せておきたいと思っている。いや、1月に食品偽装問題が起こるまでは少なくともそう思っていた。
過去数年間に、アイルランドまたは英国のスーパーマーケットで冷凍のビーフバーガーを買っていたとしたら、おそらく馬の肉も知らずに食べていただろうということが明らかになった。
英国の大手スーパーマーケット、テスコで販売された「ビーフバーガー」の一つに馬肉が29%含まれていたことが判明した。これは、アイルランドと英国の多くの人にとっておぞましいことだ。
父は1950年代に農場で育ち、田舎の経済が馬を中心に展開していた頃のことを覚えている。500馬力のエンジンがついたトラクターが立派な馬に取って代わって久しいが、アイルランドは今でも馬に夢中だ―大抵は競馬場で。 アイルランド人はオーストラリア人を除いてだれよりもギャンブルに金を使い―そして失い―、そのほとんどが競馬だ。アイルランドでは、競馬用サラブレッド種の産業が強く、ブリーダー、調教師、騎手は世界でもトップクラスに入る。かなりの数のアイルランド人が北海道の種馬飼育場で働いている。
競馬ファンもお金がかかるが、この「王侯の遊び」は馬主にももっとお金がかかる。1990年代から2000年代にかけ、アイルランドではバブル経済となり、その間にサラブレッド種の馬を買う人が増えた。
2007年に経済危機を迎えた後、こうした新しい馬主の多くは馬を飼い続ける余裕がなくなり、不運にもその馬たちは最後には食肉処理場へ行くことになった。
最近の馬肉混入事件の特徴の一つは、この不運な動物の何頭かに「馬のパスポート」がなかったことだ。いや、近いうちに空港であなたの後ろに馬が並ぶことがあるなどとは思わないでもらいたい。馬のパスポートというのは、ある馬についての情報と、それから重要なものとして、薬品使用の経歴についての情報を載せた書類のことだ。
ランス・アームストロングのように、競走馬はさらに早く走られるようにするために薬を打たれており、そうした薬物は人間の食物連鎖の中に決して行き着くべきではない。
このことは、トレーサビリティの問題、そして、私たちが「農場から食卓まで」正確にたどることができるかどうか、何が夕食の食卓にたどり着くのかということの核心に触れている。