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2013年10月4日号掲載の記事(ST編集部訳) print 印刷用に全て表示
ESSAY

The language of smells(p. 9)

においの言語

警告もなくそれは私を襲ってきた。

近所の人が夕食を料理していて、エレベーターを降りた瞬間、サンバルベラチャン(エビペースト入りチリソース)の独特のにおいに圧倒された。

これはシンガポールに帰国して2日目のことだった。京都を去って寂しく思っていたが、このマレー地方の調味料のにおいで、たちどころに故郷にいる気分になった。

生のチリ、焼きエビのペースト、砂糖、ライム果実で作られるサンバルベラチャンは、ごはんや野菜、あるいはお肉と一緒に食べられることが多い。エビのペーストは発酵してすりつぶされたエビと塩で作られ、この強烈なにおいはここから来る。

サンバルベラチャンが大好きな人にしてみれば、ほんのかすかなにおいだけでも十分、お腹がぐうぐう鳴る。好きでない人は、思いやりの気持ちがあれば「つんとくる」と表現することが多い。私の知っている人は、腐った魚と洗っていない靴下の間のようなにおいだと言った。

別名フルーツの王様として知られるドリアンを表す場合にも、似たような語句が使われてきた。多くの東南アジア人はこのクリーミーな黄色い果肉を愛しているが、この鼻につんとくるフルーツは、多くの観光客にその不快なにおいから顔をそむけさせてきた。

日本人が外国人に「納豆は好きですか?」とよく尋ねるのと同じように、シンガポール人は「ドリアンは好きですか?」とよく聞く。誰かが好きだと答えると、私たちは必ず驚く。

私の場合、ドリアンのにおいを嗅ぐと、家族と夕方に散歩したことを思い出す。私たちはよく、ドリアンを目立つように並べたフルーツショップの前を通り過ぎた。また、最高の品質でよく知られているD24という種類のドリアンを友人がよく買った、有名なドリアンの露天も思い出す。サンバルベラチャンのにおいは、放課後の校庭での、眠っていた子ども時代の思い出を呼び起こす。校庭ではいつも、近所の人たちが料理をしているにおいがした。

何人かの友人や親戚とは違って、私はドリアンやサンバルベラチャンを強く欲しがったことはないが、それらが嫌いなわけでもない。だが、最近になって初めて、これらのにおいがこうした鮮明な記憶を呼び覚ます力をどれほど持っているかに気付いた。

心理学を専攻した友人が言うには、見たり聞いたり触ったりするものよりもにおいの方が記憶を呼び覚ます力が強いという。彼女はさらに、においは絶対に忘れることがないと言う人もいると付け加える。

私はかつてよりも、シンガポール特有のにおいに意識的になった。もう一つ思い浮かぶのが、インドカレーである。

実際、インドカレーのにおいは、2年前に地元でのキャンペーンを引き起こした。何人かのシンガポール人が、中国本土からシンガポールに移住してきたばかりの中国人家族が近所に住むインド人のカレーににおいに苦情を言ったという新聞記事を受けて、「鍋一杯のカレーを作ろう」という運動を開始した。カレーはさまざまな文化においてかなり多くの違った方法で料理され、人々にカレーを作るように勧めることで、この運動は他民族社会での寛容を促したのである。

結局のところ、誰もがそれぞれ異なったにおいに慣れている。あなたが不快だと感じるものが、誰か他の人にとっては心地よいものかもしれないし、その逆もしかり。十分な時間があれば、おそらく私たち全員が、最初は不快に感じたにおいに慣れるかもしれないし、あるいはだんだん好きになることだってあるだろう。

というわけで、ドリアンを少しいかが?

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