あなたは言葉を混ぜ合わせるだろうか? 例えば、英語を話しているときに、あるフレーズでは日本語に切り替えたりするかもしれない。
これは語学力が十分でないことを意味していると捉える人もいる。しかし、シンガポール工科デザイン大学の研究者らは、そうではないかもしれないと述べている。
研究者たちは、5歳半〜6歳半の51人の未就学児を対象に調査を行なった。子どもたちの家族のプロフィールは類似している。親の最終学歴の平均は学士だった。家では英語よりも北京語を話す。
子どもたちの英語の語彙力をテストし、自然に出てくる話し言葉を調べた後で、研究者たちは2つのことを知った。まず言語の切り替え(英語と北京語の切り替え)は、子どもたちの英語力に影響を与えていなかった。次に、言語の切り替えが他の子どもよりも頻繁な子どもは、そうでない子どもよりも北京語の運用能力が高かった。
このことは、2ヵ国語を学ぶ子どもたちにとって何を意味しているだろうか?
研究者の1人のヨウ・ウェイ・キン准教授は、親に子どもの言語の切り替えをやめさせようとしないでほしいと話した。言語の切り替えが悪いことだと考える親や教育者もいる。しかし、彼女の研究は、そのことはわれわれが思っているほど明確ではないかもしれないことを示している。
シンガポールでは、すべての民族グループで言語の切り替えが見られる。学校では、英語と、例えば北京語、マレー語、タミル語などの母国語を両方とも学ぶ。母国語以外の全科目は英語で教えられる。
英語に重点が置かれているために、シンガポールの若者が母国語に堪能ではなくなってしまっていると心配している人もいる。例えば、中国系シンガポール人は、中国語で全く会話ができない。
シンガポール人は厄介な立場にある。例えば、中国系シンガポール人はバイリンガルかもしれないが、外国人は私たちの中国語は中国人や台湾人よりも上手でないと考える。われわれの中には、欧米人よりも上手に英語を書き、話す人もいるが、仲間のアジア人たちは、きっとわれわれの英語は「本物」ではないと思うだろう。
それでも、私は今のままがいい。異なる言語を聞いて育ち、さまざまな言語を話す友人がいて幸せだ。状況によって必要な表現は異なるからだ。翻訳では言葉の効力が劣るときもある。
シンガポール人の映画監督ウー・イェン・イェンさんは、最近singaporepoetry.comに似たような意見を寄せた。彼女の娘は、言語が多様な地域であるニューヨークのフラッシング(クイーンズ区のチャイナタウンがある町)で育っていて、異なる言語を聞いたり話したりするのに慣れている。彼女は返答をよく聞くようにして、ぴったりの言語を見つけようとしている。彼女が最もよく話す言語を言語の中心だとは思っていない。だから、「彼女の言うことが分からない人がいるときに、その人がバカだからだとは思わない。自分が適切な言語を持っていなかったからだと考える」のだという。
決めつけは減らして、もっと理解を増やそう。コミュニケーションとは、そういうことではないだろうか?