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小さな英語教室

By Yuri Kiba / キバ・ユリ

オーストラリア人の夫と結婚し、シドニー在住歴24年の筆者が、学校とは離れた教育の場で、子供たちを見ていて感じたこと、考えさせられたことを紹介するコラムです。
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Yuri Kiba / キバ・ユリ

Vol. 3 : ルークのこと(2)

 キャンベラの政府機関で法律業務に従事していたルークが、なぜアメリカ留学を望んだのか。それは、外国で勉強してみたいというような夢物語ではありません。彼の専門分野はオーストラリアでは情報不足であり、その最先端を行っていたのがアメリカだったからなのです。ですからハーバードに執着していたわけではなく、バージニア、シカゴなど、その分野のベストの大学で学びたいと考えていました。進路の選択には随分迷っていました。特にバージニアには強い関心を持っていました。

 受験はサイトを通じて何回でもできるとのこと、これについては読者の中で挑戦された方もいると思います。彼の得意科目は数学、というか半ば趣味のようなもので、ある年、奥さんからクリスマスにプレゼントされたのが数学の本。これには主人も驚いていました。

 最終的な大学の決定は、推薦状を書いてもらう上司の意向や彼自身の調査などを踏まえて、ハーバードにしたようです。

 奥さんは高校の同級生。シドニー大学の看護科を卒業し、職業障害者のリハビリに従事しています。この仕事がハーバードでの一家の生活の支えとなりました。公費留学なので予算は国から出ていますが、小さい子供3人を引き連れての留学ですから、経済的には楽ではありません。このときは、さすがに主人も孫のことを考えて送金しました。狭い住居での3人の幼い子供たちとの同居という悪環境の中、ルークは優秀な成績で大学を卒業しました。

 その後、キャンベラで元の政府関係の仕事に復帰しましたが、数年後、シドニーの大手法律事務所にパートナーとして転職しました。もちろん、留学を援助してくれた上司のことを考えると、気持ちの上での葛藤はあったようです。日本でも、会社や国から留学を奨励された人間が、帰国後、他社に移ったり独立したりするケースはあるようですが、こうした行動に関するモラル上の是非は、私には分かりません。彼の場合、法曹関係の新しい専門知識を生かすにあたって、政府と民間では給料に雲泥の差があったことと、キャンベラという地域性(あまり住みたがりません)、そして家族にあったようでした。むろん、その代償は、熾烈な競争と過密スケジュールです。時間的にゆとりのあった公務員時代の生活がなくなった今、帰宅はいつも夜中です。

 ところで、正直なところ、ルークは性格的には大変難しい人間です。相手が不条理なことを言うと、口角泡を吹き飛ばす口論を始めます。しかし、家族の中では一番の聞き上手で、判断も正しいと思うときが多々あります。

 私の息子が大学卒業間際、法学部に入り直すかどうかで迷っていた時期がありました。そのとき強烈に反対したのはルークでした。「弁護士というのは、その人間が持っている本来の能力を破壊するものだ」と。強烈な口調でした。これには私も驚きました。この言葉自体が真実かどうかは、私自身が理解できるものでもないのですが、息子の温和で芸術家肌の性格から判断して、競争が熾烈で雄弁さが要求される法曹界には適さないと感じての、実直なコメントではなかったかと思います。弁護士の主人でさえも、こう強くは言えませんでした。私も主人も、息子にはやりたいことをやらせたかったのですが、大学で文学を専攻した彼の将来の生活のことを考えると、弁護士の資格だけでも…と、私自身も気持ちが揺れ動いていたので、強くアドバイスできる人間が身近にいることに感謝しました。

 ルークのサイトを開いて、学歴の個所を見ると、「ハーバードロースクール」とだけ書いてあります。世界的に、有名校の神話は壊れつつあるものの、分野によってアピール価値は変わってないようです。ただ、本人は、滅多に自分では口に出しません。

 ともかく、どのような動機にせよ、留学はその人を変えます。彼の場合も同様で、精神面でも、島国根性が根強いオーストラリアの風土から脱皮し、外国やそこに暮らす人々に対する理解を深めたように思います。

 こうした変化には、彼自身、気が付いてないことかもしれません。

 でも、私には分かります。

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