新しい年度の始まりを機に、気持ちも新たに英語の学習に取り組まれる方は多いはずだが、その際の素材に、英字新聞を使ってみてはどうだろう。このインタビューでは、NHKテレビ・ラジオの英語番組講師を長く務められた大杉正明先生に、英字新聞を活用した学習法についてお話をうかがった。
大杉正明:静岡県生まれ。清泉女子大学教授。1998年〜99年英国エクセター大学客員教授。1987年からNHKラジオ「英会話」の講師を11年務めたほか、数々のNHKテレビ・ラジオ英語講座の講師を務める。
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—— 英語学習教材としての英字新聞についてのお考えをお聞かせください。
大杉 まず最初に言えることは、一つの読み物の中に、これだけ多岐にわたる内容が入っているものはないということです。私たちの言語生活は、日本語であれ英語であれ、ほとんど新聞に載っているようなことを話題にして生活しています。つまり、私たちの日常の生活、言語生活を最もよく反映しているのが新聞だということができるでしょう。英字新聞は、それを英語で読める、というわけですね。
学習面でいえば、トピックによって、異なってくる語彙の使い方や意味、さらには文体を学べるのが大きなメリットです。例えば pitch という単語があります。サッカーを扱った記事の中では「グラウンド」の意味ですが、これはサッカーというトピックの文脈の中でしかその意味になりません。言語学者にとっては、pitch とは「音の高低」のことになってしまいますからね。
同様にして、政治に関するトピックにはそれに合った語彙や文体が使われ、経済や社会問題に関するトピックにおいても同じことがいえます。そうしたすべてのトピックに関する語彙や文体を、新聞というメディアではトータルに学ぶことができるのです。
—— 小紙の場合は週刊の新聞であり、またページ数の都合で幅広いテーマを掲載することは難しいのですが。
大杉 そうですね。だから最も話題になりやすい、典型的な記事を選択しているところがよいと思うのです。例えばスポーツでいえば、一号の新聞の中に、野球もサッカーも卓球もカーリングも盛り込んでいる、というわけにはいきませんよね。
近ごろ(注:取材時の2月半ば)話題のトピックでいえば、やはりサッカーですよ。アジアカップで活躍したゴールキーパーの川島、途中出場からでも勝利に大きく貢献した岡崎。そして何よりインテルに移籍した長友でしょう。多くの人が日常生活の会話の中で長友の移籍を話題にしている。だからこのあたりの会話のネタになる情報を提供することが、学習紙にとっては大事になるわけですね。
—— 学習者の立場に立てば、そのトピックについて英語で話してみたいという動機付けにもなると思います。
大杉 英会話学校などで話題にしてみたいと思うような記事が載っていると、読者にとっては学習に向けての格好のモチベーションになりますよ。反対に記事が厳選されておらず、網羅的になっていると、学習者にとってはモチベーションを下げる要因になりかねませんからね。
—— その意味では、小紙の記事ですら、すべて読む必要はないと思うのですが。つまり、自分の興味関心で記事を選んで読んでほしいと思っています。
大杉 その点は、学習者の側でも新聞を使い分けることが大切でしょうね。事実としてのニュースを網羅的に読みたいのであれば、邦字紙を読めばいい。手心の加わっていない本格的な英文記事を読みたいならThe Japan Times。そして外国人との会話に役立つ材料を探すなら、STという具合ですね。
さらには、英文記事を読む際に、何かテーマを持って臨むといいと思いますよ。実は私にとっても、STはいまだに勉強になることが多いのですが、例えば、見出しで使われた言葉が、文中では別の言葉に置き換わっているケースに着目するわけです。見出しではスペースに限りがあるために音節の短い単語を使う。だから blast (爆発)だったのが、文中では explosion になっている。つまり、同意語を見比べながら読むことができるわけですね。
このように自らテーマを持って英字新聞を読むようにすることは、ただ漫然と記事に目を通すことに比べて、格段の効果があると思います。
—— 初級者の場合は、どのようなテーマを設定したらよいでしょうか。
大杉 英文の細かい表現はさておき、内容語(注:名詞、動詞、形容詞など)を増やすことを心掛けるべきでしょう。「街角で」の「で」は at なのか、on なのか、byなのか分からなくても、「街角」が corner だと分かればいい。
中級者はというと、このレベルの人たちは仕事で英語を使う確率が高くなる。英語を間違えると自分のメンツがつぶれたり、交渉事でなめられるといったマイナスの結果が生じる可能性があるわけですね。この方たちには、英語の構文に注意して記事を読んでほしいです。つまり、たくさんの構文を頭に入れておくことが、実践の場では役立つからです。
—— その意味では、Point Counter Point は、自分の意見を言うためのさまざまな表現の仕方を学ぶことができる企画だと思います。
大杉 そうですね。初級者にはちょっと手が届かないが、中級者なら、当然多くのことが学べる企画ですね。この記事が優れているのは、自分の主張を相手の主張にうまく絡ませて、具体的に展開する話し方を学べる点にあると思います。
ネイティブの先生からよく聞く愚痴なのですが、日本人学習者の多くは、Yes/No で答えられる質問をされているのに、まず理由を長々と説明してしまう。それで分かってくれという気持ちが働いているのでしょうね。でも彼らの論理の展開の仕方は日本人とは異なりますから、その筋道を — 日常的ディベートの方法とでもいいましょうか — きちんと通らないといけないわけです。
テーマもタイムリーだし、実践に役立つダイアログの例としてはとても良い素材だと思いますね。
—— 語彙や構文を覚えるために何かいい方法はありませんか。
大杉 やはり、なるべく五感を活用することに限るでしょう。英語については「努力は裏切らない」という言葉が当てはまると思います。つまり、口に出して言う、耳で聞く、目で読むといった作業をどれだけ継続できるかではないでしょうか。
その際、特に気にしてほしいのが、コロケーションです。単に「犯罪」を crime と覚えるだけでなく、commit a crime というように、commitと相性のいい言葉と一緒に覚えてしまうことです。そういう表現を見つけたら新聞の該当箇所にマーカーを引き、ICレコーダーがあればその一文を自分で読んで録音し、通勤通学の電車の中で聞いてみるといいでしょう。インプットには手間暇がかかるものですが、それを惜しんではいけません。
—— 最後に読者へのメッセージを。
大杉 英語学習は、そのプロセスにこそ意味がある、といいたいです。資格試験で高得点を取ることを目標にするのは、それはそれで結構ですが、それよりも日々の努力が大切です。英語学習とは人生の一部であり、それが私たちの人生を素晴らしいものにしてくれるものと思います。
もう一つは、毎日家を出るときに、新聞でも本でもでもいいから、英語で書かれたものを何か一つ、カバンの中に入れていってください。多少の見栄を張ることもいい刺激になるし、必要だと思いますよ。
—— どうもありがとうございました。
(聞き手:小紙編集長・玉川帰一朗)
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