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小さな英語教室

By Yuri Kiba / キバ・ユリ

オーストラリア人の夫と結婚し、シドニー在住歴24年の筆者が、学校とは離れた教育の場で、子供たちを見ていて感じたこと、考えさせられたことを紹介するコラムです。
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Yuri Kiba / キバ・ユリ

Vol. 6 : ある自閉症の子供のこと(1)

 私が受け持つ生徒の中に、異常な能力を持った6歳の女の子がいます。2年前に入学したとき、すでに英語の発音方式が定着しており、その後与えた教材をこなしていくスピードは大変なものでした。また、暗記力は超能力を持っているのではないかと思うほどで、50枚近くの会話カードを、次の週には最初から最後まで、カードを見ずに順番で言えるのです。次の段階のカードを試しに与えたら、これも同様でした。

 私は有頂天になり、いろいろな教材を与えましたが、しばらくしてから、何かおかしいのではないのかと思い始めました。日本語も同年代の子供と比較すると少しおかしい、というか、かなりの文語調なのです。また、気に入らないことがあると地団駄を踏んで泣きわめき、お母さんもコントロールできず、早目に帰る日が徐々に増えてきました。

 家で考え込む日が続き、彼女のクラスが近づいてくると憂うつになりました。しかし、ある日、ふと、昔出会った、オーストラリア人の友達を思い出したのです。彼女は大学で心理学を学んだのち、自閉症児を扱う施設で働いていました。彼女から聞いたのは、自閉症児の中には超人的な知的能力を持っている子がいること、そしてその半面、普通の生活に適応できずにパニックを起こし、一度パニックを起こすとコントロールが難しい、というようなことでした。

 私は、言語に対する彼女の異常な能力と泣き方を見て、次第に、自閉症ではないかと思うようになりました。しかし、母親はその問題については何も言いません。半年経ち、私自身が精神的に参ってきたので、一緒のクラスに参加していた彼女の弟を別のクラスに移しました。クラスは彼女一人だけ。気分的に少しは楽になりました。

 しばらくは、「私は天才!」、「イヤなものはイヤなのです!」、の口調に私は怒り、彼女は泣きわめくパターンが続きましたが、徐々にコツを覚えていきました。彼女が好きな英語の本を、「先生、始めよう」と言うまで読ませておくのです。そうすると、こちらから誘導するとき、割合素直に従います。当然、授業時間は少なくなりますが、超人的な記憶力なので量的には十分です。ただし、これは、学校が少人数制で、私自身が一つの分校を任されているような環境だからできたこと。また、親が子供の問題を言わないので、教え方に非があるのだろうかという自責の念も継続の要因になりました。もし私の周囲に、状況を理解する同僚がいたら、とっくに退校という処置をとっていたのではないかと思います。

 彼女の最大の問題点は、嫌いな教材には一切手を出さないので、段階を追った授業ができないことです。好きな教材は、かなり高程度なものまで読むのですが、あくまでも好きな教材に限られているので、そこから抜け出ることができません。しかも、段階が上がるにつれて、子供向けの本が少なくなり、教材探しが大変でした。

1年たった頃、彼女が自閉症ではないかという情報が、同じ幼稚園に通う子の父兄から入ってきました。幼稚園では教室の中を徘徊しているだけ、泣くと制御できないので先生は放っておく、というような話でした。キリスト教系のその幼稚園では、どんな子供でも受け入れることを主旨としており、周囲の人々は問題児に対して寛容とのこと。話してくださった方も、非難めいた口調ではなく、私がすでに彼女の症状を把握した上で教えていると思い、「先生、大変でしょう」と声をかけてくださったのでした。実情を知り、ホッとしましたが、2年たった今でも教師に何も言わず、兄弟別々の授業を当然のように思っている母親に対して懐疑的になったことも確かです。

その彼女が、今年、英検(5級)を、しかも一般会場で受けました。大変な騒動でした。これについては次回に書きます。

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