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小さな英語教室

By Yuri Kiba / キバ・ユリ

オーストラリア人の夫と結婚し、シドニー在住歴24年の筆者が、学校とは離れた教育の場で、子供たちを見ていて感じたこと、考えさせられたことを紹介するコラムです。
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Yuri Kiba / キバ・ユリ

Vol. 7 : ドイツの小説から、今思うこと

 ニューサウスウェールズ大学の独文科では、独文でエッセイを書けということで、よく、中短編の小説を渡されました。その中で、一番思い出に残っているのが、19世紀初頭の女流作家Drosteが書いたDie Judenbucheという本です。当時、皆、おとぎばなしだと笑って、この本を選ぶ学生はおりませんでした。

 私は、その直前に偶然、DickensやJames Joyceの伝記を読んだので、父親の経済観念のなさのために、中産階級から貧困への生活を余儀なくされ、その格差から来る社会の不公平さを見た文豪たちの、少年時代における精神的なインパクトを、小説の主人公に重ね合わせて興味を持ったのです。

 小説の主人公Frederick Mergelは、地主だった父親の飲酒癖により財が傾いた家に生まれます。飲んだくれであったけれど自分をかわいがってくれた父親は、ある日死体となって森の中で発見されますが、その後の村人たちの父親への中傷は、次第に彼の性格を変えていきます。

 Frederickは、彼を養子にした叔父が森林の不法伐採にかかわっていたこともあって、犯罪に手を染めるようになり、最後はJudenbuche(ユダヤ人のブナの木)に首をくくって死んでしまいます。

 主人公はともかく、小説の中で私が興味を持ったのは、豚飼いとして働いているJohannesという子供です。彼は、生まれながらに極貧で、家族もいないのでJohannes Nobodyと名乗り、教育もなく、それゆえに自分の運命に疑問も感じていません。彼の存在は主人公と対照的で、直前に読んだDickensやJoyceの少年時代と重なって、経済的・社会的落差を肌で感じ、その中で思考する子供との違いを明確にしてくれました。

 Dickensは官吏であった父親が多額な借財を抱え、果ては監獄送りとなったために、裕福な生活から一転して働きに出なければなりませんでした。特に靴墨工場での仕事は、12歳の少年にとっても大変な屈辱だったと書いています。 Joyceも、良家の父親が経済観念のなさから財を失い、貧民宿を移転しなければならない境遇にまで落ち込みます。大学時代は極貧に近い状態でした。

 なぜ、日本でDrosteの小説を急に思い出したのか。それは、24年間のシドニーでの車生活から一転し、東京で電車を利用するようになったからです。なかなか電車が来ないとき、「ただ今、○○駅において人身事故のため…」というアナウンスが流れますが、初めてこのアナウンスを聞いたときの気持ちは、なんとも言葉では言い表せません。

 年間で3万人を超える自殺者の多くは父親で、恐らく会社の中堅か経営者であったのだと思います。また、彼らの子供たちへの愛情は、「お父さん、死なないで!」という遺児たちによるキャンペーンの中に読み取れます。

 高い教育を受け、不自由のない生活をすでに知っている子供たちの経済的または社会的な急変。彼らは、そのときからどんな人たちと出会い、どんなことを考えながら生きていくのでしょうか。加えて、「死」というものへの思い。私のクラスにもお父さんを心臓まひで亡くされた生徒がいます。今、8歳です。お母さんによれば、亡くなったときよりも、1年たった今の方が精神的動揺は大きいとのこと。

 Drosteの小説は当時のドイツの地方における社会的風土に目を向けた作品で、子供の心理に焦点を置いてはおらず、私の論文はぎくしゃくし、良い点はもらえませんでした。しかし、この小説が私に与えてくれたものは大きく、DickensやJoyceの作品を違った観点から読むようになりました。経済的な困窮はなかったものの、幼くして両親を亡くした川端康成やConrad。幼少のときの思いが、何気ない一文に表れているのかもしれません。暇を見つけてじっくり読んでみたい気がします。

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