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小さな英語教室

By Yuri Kiba / キバ・ユリ

オーストラリア人の夫と結婚し、シドニー在住歴24年の筆者が、学校とは離れた教育の場で、子供たちを見ていて感じたこと、考えさせられたことを紹介するコラムです。
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Yuri Kiba / キバ・ユリ

Vol. 29 : 3月も終わりです。私も…

 3月も終わりになりました。4月から生徒たちは新学年になります。私も、これからどうしようかな〜と悩んでいます。

 小さいころから、先生という職業は絶対に嫌だと思っていたのに、日本で生活するために英語教育の渦中に身を置き、長い海外生活から得たものを子供たちに供給することに喜びを覚えたことは事実です。もちろん、難しい子供たちもたくさんいましたし、旧態然とした学校経営にほんろうされ、いら立つことが多かったのも確かです。しかし、それはそれで、英語教育だけでなく、日本の社会全般を考える機会を与えられ、大変有意義なことだと思っています。ただ、年を取るにつれ、自分のやりたいことを優先にしたい気持ちが頭をもたげてきたのです。

 日本に来る前に考えたことがあります。「ロシア語を学んだ。英語は不自由がない。海外生活にも慣れている。でも私はれっきとした日本人だ。皆の飛びつくものには興味がない。そして、これからやりたいことはこれらの集大成でなければならない」と。考えた結果は、「英語圏の大学での、極東ロシアの研究」でした。笑っちゃうでしょう。ほろ酔い加減のとき家族に話したら、私の後にくっついて観光に行きたいとのこと。義理の息子ルークは「着いたら絵葉書送ってよ」。皆、冗談だと思っています。

 父がシベリアに1年ばかり滞在していたと言うと「さもありなん」と思われるでしょうが、滞在といってもバラック生活に強制労働を課され、九死に一生を得て帰国した「抑留」ですから、私のやりたいことを聞いたら絶句するかもしれません。

 退職するかもしれないと同僚に示唆したら、アメリカに長い間いた彼女は、「人がよいから、そんなにたくさんクラスを持って苦労しているのよ」と言いました。確かに、そうかもしれませんが、ただ単に人がよいからだけでもありません。中途半端が嫌いな典型的A型の人間ですから、来るものは拒まず、かつ、保母や接待業の経験を生かして一生懸命教えました。そのために、評判は悪くはなかったし、受け持った生徒の英検の合格率も高かったし、で、気が付いたら3年間まったく休暇をとらず、疲労困ぱいしていたというところです。

 ほかにも疲れた理由はあります。時代を背景にした、精神的に不安定な生徒を数人持ったこと。加えて、授業の曜日を頻繁に変える母親、ITを駆使できず、600人に及ぶ生徒の情報を、今だにファイルと記憶に頼っている経営陣。特にこの経営陣の、教育者とは思えない常識のなさ、責任回避により、今までになんと多くの優秀な先生が辞めていったことでしょう。そして、時代遅れの陳腐な教材と、受験を人生最大の目漂とする日本社会。挙げたらきりがありません。同僚はこうも言いました。「一生懸命働いたから休むときかも。あなただったらよい仕事が見つかるよ」。英文でメールを送ってくる若い先生ですが、50代という人生の節目で揺れ動いている人間を喜ばせるスキルもあるようです。

 私は今、49階にある会員制の図書館でこれを書いています。目の前には、東京という大都会の夜景が広がっています。人を飲み込む東京も上から見下ろすと、考えが次第に現実から遠のいていきます。多くのクラスを抱え、主人が日本語を話さないので雑事を処理し、掃除、買物、食事の支度など、多忙な生活を送っていると、日常の雑念から逃れる空間を作ることは、私にとって大変貴重なことです。そのビルは最近できた東京の観光名所ですが、49階という日本では忌み嫌われる数字の階を利用して、図書館を作るという斬新なアイデアを打ち出した方に感謝しなければなりません。値段もそんなに高くありませんし、インターネットの接続も可能です。

 眼下に広がるビル群を見下ろしながら、「なぜ教えることが苦痛になってきたのか」考えるとき、原点に戻るのですね。教師の仕事は私の本命ではないのではないか、と。本を閉じ、地上に降りて人込みの中に身を置くと、身にしみる寒気が、今まで本当に自分のやりたいことをやってきたのかと、私に問いかけます。遅らせるな。今が、最後のチャンスではないかとも…。3月。日本では、多くの人たちが自分の生き方を改めて考える時期なのでしょうか。

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