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小さな英語教室

By Yuri Kiba / キバ・ユリ

オーストラリア人の夫と結婚し、シドニー在住歴24年の筆者が、学校とは離れた教育の場で、子供たちを見ていて感じたこと、考えさせられたことを紹介するコラムです。
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Yuri Kiba / キバ・ユリ

Vol. 33 : 教会の門

 boring (退屈な)という単語が出たついでに、"What is the most boring subject?" などと聞くと、私立に通う生徒たちからは「宗教」という答えがよく返ってきます。中には「『世界の飢えている人たちのことを考えなさい』なんて説教する神父がすごいデブだから嫌になるよ」なんてこぼす生徒もいますが、子供たちが正直な分、笑って聞いています。それにしても、自分の行っている教会の宗派が分からない生徒が多いのは日本ならではと苦笑するのですが、私も昔、キリスト教を十派一絡げに考えていましたから、とやかく言う権利はないのですね。私の教会遍歴を見れば歴然です。

 10代の終わりになぜ教会へ行こうと思ったのか、記憶は定かではありません。混とんとした時代で先が見えなかったからか。もっと単純に考えれば『ああ無情』の読みすぎか。しかし、『ああ無情』の背景がカトリックだなどということは知るはずもなく、手始めに行った近所の教会では、信者の大声の祈とうに驚いたものの、キリスト教とはこんなものかと何の疑問も持ちませんでした。しかし、しばらくして、外国人宣教師夫妻の度を過ぎたいたわり方に、聖職者に一番大切なのは配偶者であるような印象を受けたことと、教会の門の巨大な錠にわだかまりを感じるようになりました。私にとって教会の門というのは、ジャンバルジャンのような人間のためにも常に開いていなければならないものでした。やがて、錠がかかった鉄柵越しに見える宣教師夫妻の住む家がなんとも冷たく映るようになり、次第に行かなくなりました。

 次の教会は、門は開けっ放しで、牧師は温和な日本人。そこで初めて、教会の違いに気付きました。ところがここもしばらくしてから足が遠のいたのです。理由は、今思えば笑えます。実は、教会の大掃除で私の仕事ぶりが評判を呼び、牧師の息子の結婚相手にという話が持ち上がったのです。ハンサムな好青年だったので心残りでしたが、自由奔放な私のこと、教会のためにも去ってよかった。

 それから長い間教会へは行きませんでした。が、ある日、『ああ無情』の挿絵にあったような木造の古い教会の前を通りかかり、重そうな木の扉を押してみたらギーという音とともに簡単に開いたので、恐る恐る中に入ってみました。中は薄暗く、ステンドグラスから漏れるわずかな光の中に、長い木の椅子が浮いているように見えました。しばらく壁の絵を見ていたら、祭壇脇の扉から、黒い影がぼんやりと現れ、何かな〜と思っているうちに私の近くで止まりました。薄い光の中、茶色の長いローブを身に付けたメガネの優しい顔が私に話かけたのです。マリオ神父でした。その日から週一度、神父様は個人的に時間をとって聖書を読んでくれました。

 キリスト教の根本が分かっていないので、馬鹿な質問をして神父様を困らせたと思いますが、団塊世代の中途半端な正義感から「人のために働きたい」と言ったとき、神父は「自分自身が進歩するように努力をしたらどうですか。それがおのずと人のためになるのです」と答えられました。この言葉は今でも私の生き方の信条となっています。

 シドニーで生活を始めてからしばらくたったある日、ベランダから眼下に広がる、強烈な夕日に照らされたユーカリの森を眺めていたら、突然「なぜここにいるのだろう」という思いが通り抜け、立ちくらみがしたと同時に、上京して以来長い間ごぶさたをしていたマリオ神父を思い出しました。早速手紙を書いたら、他県に移られたという神父様に手紙が届き、すぐに返事が来たのには驚きました。随分喜んでくださったと同時に、ベランダでの経験に驚かれもしたようです。その後、日常の雑事の中で自然と音信は途絶え、20数年がたちます。最後のお手紙には「近頃、体の調子がすぐれません」と書かれてありました。まだお元気でしょうか。

 振り返って、もし仏教の門が開いていれば、入ろうと試みたでしょう。しかし、お寺の門は開いていなかった。カトリックにこだわっているわけでもありません。偶然通りかかった教会の門が開いていて、そこにマリオ神父がおられた。さかのぼれば、日本の地方都市に生まれたことも同様で、偶然性という自分の力ではどうにもならないものが存在する。この力を自分の解釈で「神」と呼べるならば、そう呼んでも冒とくにはなりますまい。

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