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小さな英語教室

By Yuri Kiba / キバ・ユリ

オーストラリア人の夫と結婚し、シドニー在住歴24年の筆者が、学校とは離れた教育の場で、子供たちを見ていて感じたこと、考えさせられたことを紹介するコラムです。
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Yuri Kiba / キバ・ユリ

Vol. 35 : あなたたちは、こんなに美しい日本語を話すのに…

 「日本人は英語ができない」という定説の氾濫に、いささかうんざりしていたこのごろ、「日本人が日本語しか話さないこと」は、逆に、誇りにしてもよいのではないだろうかと考えさせられる出来事がいくつかありました。

 まずは、たまたま見た英語学習のテレビ番組にアメリカの有名な女優グイネス・パルトロウが出ていて、場違いじゃないかとチャンネルを変えようとしたときに聞いた、「あなたたちはこんなに美しい日本語を話すのに、なぜ英語なんてやるの。やめなさい」というコメントでした。本人は軽い気持ちで言ったのでしょうが、「美しい日本語」という聞き慣れない言葉に、しばし考え込んでしまった。

 なぜなら、ちょうどそのとき、明治維新に関する本を読みまくっていたからです。日本事情を学びたくて始めた大学の通信教育のレポート課題に、明治維新の経済改革があり、手始めに歴史小説や伝記を読み始めたら、その面白さに引き込まれ、レポートなどそっちのけ。長い鎖国を経た江戸末期の情報の少ない時代に、開国は避けられないと決断するものの、アヘン戦争の結末を知り、植民地化だけは避けようと命を賭けて奔走した人々の物語は、長い海外生活を送った私にとり、大変に胸を打つものがありました。

 そして時々本を読む手を休めて思いを馳せた、シドニーで会った人々。英語を流ちょうに話すシンガポールや香港、インドからの留学生。フランス語を話すベトナム人やレバノン人。どれだけうらやましく思ったかしれません。しかし、彼らの多くは、自分の国を「捨ててきた」人々だったのですね。また、日本語を解す台湾や韓国人の学生に対しては、親しかっただけに、彼らの祖父母や親が生きた日本の圧政下を思うと、なんともやりきれない気持ちになります。

 今、日本人として誇りを持ちたいとは思っても、具体的な何かをつかめなかった私が、初めて私なりの誇れる日本に出会った感じです。江戸末期において植民地化を避けた人々の叡智により保存された日本語(それだからこそ、外国語習得が不得手なこと)と、明治維新の本を通して発見した薩摩、会津、土佐、長州など、日本の方言の美しさでした。そして、そんな折に聞いた「あなたたちは美しい日本語を話すのだから…」というさりげない言葉。

 そのとき、「日本人の外国語習得の難しさを認識し、『日本語しか話さない』ことは恥ではないことを教えた方が、国にとって得策ではないか」と考えました。好きだったり必要に迫られたときは、誰でも一生懸命やるものです。ましてや、そういうときにこそ、日本人の特質を発揮して成功するのではないか。少ない情報の中で外国語や技術を習得し、日本の独立に奔走した江戸末期の人々。当時、外国語など必修ではなかったはず。皆、自分から門戸をたたいたのではなかったでしょうか。

 もう少し(かなり)スケールを小さくすれば、私の両親も同様です。今、80歳に近い彼らの世代は英語など教わらなかった。しかし、日本語を解さない私の主人と構えずに意思疎通ができるのは、なまじ英語を学習した若い世代より、両親なのです。娘の国際結婚を機会にテープを買い込み、自分なりの学習を始め、覚えた単語を組み合わせて身振り手振りで日本事情を説明する。緊急だし、外国語学習の概念など頭にないので、間違えても恥だと思わない。これは強みだと感じました。

 「英語を選択制に」という案が出てから久しくなりますが、現実の議題にも上りません。英語の必要に迫られている家庭は、もう学校の英語には頼っておらず、下からの英語改革はすでに始まっていると前回書きました。国として今やるべきことは、英語習得に自信を失った日本人の数をこれ以上増やさないことでしょう。大多数が抱いている、「日本人として情けない」という国民感情は、国家にとり大きな弊害ですし、使えない英語に費やす時間はもっと大きな損失です。

 良い意味で日本を愛する気持ちを育むためにも、日本の歴史や地理的条件を踏まえ、「日本語だけしか話せない・話さない」ことを理解させ、日本語の美しさに誇りを持たせることは大変大事なことではないでしょうか。

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