今年は仕事の量を減らし、先週、シドニーに4年ぶりに帰りました。東京に生活の拠点を移した折、シドニー郊外の一軒家から、管理しやすい都心に近いアパートに居を移したのですが、私はまだ一回も行ったことがありませんでした。ですから住み慣れた家に戻るという郷愁よりも、生徒たちの英語教材を購入したり、息子がオックスフォード時代に主人と交わした書簡などを持ち帰ることが目的でしたので、滞在したのはわずか1週間だけ。しかし、多様なオーストラリア人や外国人が住む新しいアパート周辺の環境は、今まで24年間住んだ地域とは全く異なり、別な視点を与えてくれて、次第に当初の拒否感は薄らいでいったように思います。
近年シドニーでは郊外から都心に人々が移り住み始め、都市が次第に活気を帯びてきています。これは少しずつ生活のテンポが速くなってきているのと、一昔前と違ってビジネス関連の移民や駐在者の数が増加していること、また老年層では介護・救急の面から都心を好む人達が多くなっているためです。主人が選んだのもその波に乗ったPotts Pointというところで、都心の繁華街まで電車では一駅、歩いて15分くらいです。シドニー全体の変化がゆるやかな中で、その近辺は今急激に変化していました。
通称Kings Cross と呼ばれているこの地域は、現在3つの区域にはっきりと分かれています。一つは軒を連ねていたホテルや古い建物が高級マンションやレストランなどに改築された地域で、大規模スーパーもでき、今後もこのアパート空間が拡大していくことは目に見えています。
二つ目はそれに隣接する赤線地帯。というと驚かれるでしょうが、軍港に近いためベトナム戦争中、米兵相手の歓楽街として一世を風びした地域です。政府の都市再計画によりかなり狭まり、今後なくなっていくとは思いますが、今でも女性が昼間から通りに立って客引きをやっています。今回、彼女たちの歳が異常に若くなっているのに気付き、家庭環境が背後にあるのは歴然としていて、日本にも共通する問題に複雑な気持ちを抱きました。
三つ目は世界各国からのバックパッカーたちの宿泊宿が並ぶ裏通りで、オーストラリアを旅行する若者たちの出発点となっています。夜歩くと、世界各国の言葉が飛び交います。昔は米兵相手の売春宿が多かった地域ですが、ほとんどが取り壊されるか改装され、様相が一変していました。
近所の、シドニーでは名の知れたタイレストランのオーナーが言うのには、「一連のホテルが高級マンションに変わってから航空会社のクルーは来なくなるし、カネのある新しい住人は平日は超多忙、週末には別荘に行くような生活を送っているから、ここ数年は商売あがったり。近ごろ店が新聞に載ったりして持ち直してきましたけどね」。そして日本人の客に関して、「甘めで香菜をふんだんに使ったタイ料理は、一昔前まで日本人には苦手だったけど、今の日本人は世界各国を飛び回っているから全然問題ない。一度、東京の六本木か池袋に店を出そうと思って何回か行ったんだけれど、バブルの時期で、礼金は法外だし(オーストラリアに礼金はありません)、香菜も肉も高すぎてあきらめましたよ」とも言っていました。
そこへインド人のカップルが入ってきて、食事をしながらオーナーに手ごろなアパートが近所にないか聞いています。あとでオーナーが言うには、彼らはIT関連の仕事を得て今日シドニーに着いたこと。近ごろはインド人のIT関連移住者が増えていること、彼らは英語を理解するし地元の人間より低賃金ですむから人気があることなどを話してくれました。日本でもインド人のIT技術者が増加して、これは国際的な傾向のようです。ただ日常生活で日本語に対応しなければならない分、このカップルと比較して気の毒だと思います。
シドニー市内にも新しい高層ビルが現れましたが、主人の本好きの仲間たちの話題に上がるのは、紀伊国屋の出現です。その規模とコレクションは皆ベタ褒めです。主人の一番の友達はBrian Johnsという、元ABC(オーストラリア国営放送)の会長だった人ですが、ABC職の前にはペンギン出版のオーストラリア支社を立ち上げ、多くのオーストラリア人作家を世界に紹介した方でもあり、彼の読書量は半端ではありません。それだけに彼の本屋の評価には真実味があります。
そのJohns氏が「日本の本屋にオーストラリアの歴史の本があれだけたくさん置いてあるのは皮肉だよ。この間、ガリポリ(第一次世界大戦のトルコの激戦地。多くのオーストラリア兵が戦死した)に関する珍本を見つけたんだから」と興奮気味。そして延々と本屋談義が続きます。「ところで先日、紀伊国屋で誰に会ったと思う? 驚いたね。ビル・ヘイドン(元外務大臣でJohns氏の知己)だよ。イラク関係の本をしこたま抱えてるから「何やってんだい」って聞いたら、息子がイラクへ派遣されるので(軍関係の仕事だと思います)、息子のために買ってるんだとさ」とか。そうかと思うと、「時々値段のステッカーが本にくっついてはがれないのがあるから、従業員に、『はがれるステッカーに変えるように次のミーティングで話し合ってくれ』って言ってきたよ。ウァハハハ!」と豪快に笑います。
そして話が一段終わったあと、私に、「ところで『紀伊国屋』ってどういう意味?」。ああ無情。「そんなこと聞くな!」って。
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