英語学校のM先生から「波乱万丈です」というメールが届きました。
「学校には失望するばかりです。本部(経営陣)からの風当たりが、ますます陰険なものとなり、来年の3月まで持つかどうか? 本気で今後の事を考えるときが来たようです。ひどい先生に当たっている生徒たちをなんとかしてあげたいけれど、私も、本部との葛藤やばかみたいな報告書に手一杯で何とも動きがとれません。とにかく、今担当している生徒たちにベストをつくすだけです」
彼女は60代。人生の大半を英語教師として過ごし、今の学校に勤めて十数年になるベテランです。こわもての先生ですが、教育に関し確固たる信念を持ち、経営陣にもはっきりと意見を言う。このため敬遠され、「いじめ」に遭っているわけです。ただし、教師としての実力はありますから、本部としても辞めさせることはできないし、先生も一人身で、年を考えると即刻退職もできない。
そこで、本部は普通の先生では手に負えないようなクラスを与え、日報提出など、ことあるごとにいびるのですが、その陰湿さは元教師とはとても思えません。M先生も負けずに生徒優先の理論を通すので、経営陣は返す言葉がない。そこで、「いじめ」が過激化するという悪循環のようです。
M先生は、英語にも熟達していますが、関西の商家出身なので日本語の表現もなかなかのもの。仲間の先生たちと食事をしたとき、学校の経営陣を評して、「7階の『桃源郷』は、地上の人間を『壊れたエレベーター』で上げ下げするから、私なんか『コイの滝登り』よ」と言った具合で、これには皆、大喝采でした。
要約すると、まず「桃源郷」とは、経営者の家族4人と、元教師で70歳に近い「かばん持ち」婆さんで構成されている経営陣が7階に陣取り、ベテラン教師たちとのコミュニケーションを一切拒み、勝手気ままに教師や生徒を動かしている「手の届かない場所」を指します。「壊れたエレベーター…」は、経営のノウハウを知らない素人集団によるつぎはぎだらけの経営のため、ミスや変更が多く、その穴埋めを要求されるベテラン教師が理不尽に動かされ、まさしくオンボロエレベーターを出たり入ったりという状態のこと。そして「コイの滝登り」とは、これら経営陣の無能さで、実力と良識ある教師はアップアップ、という意味です。
このような現象がわが校だけならば、私はあえて書かないのですが、片手間ながら大学で経済を勉強していると、「経営者の資質」は大変興味のある問題で、ほかの勤め場所にも共通した要素が読者が存在するような気がし、取り上げてみました。
最近『CEO』(T. Neff & J. Citrin著 アスペクト社)という本を読みました。その中で、「良い経営者」の基本的資質として、「事業の進行状況に精通する。聞く耳を持つ(多様な意見の容認)。裸の王様(ゴマすりの側近を置き、自分に都合の良い情報しか入らない)にならない。会議に遅れない。顧客優位。事実とデータに基づく決定をする。人脈より実績重視。隠し事をせず嘘をつかない。阻害要因を過小評価したり、見て見ない振りをしない。従業員の福利厚生に力を入れる。公私混同を避ける。過去へのこだわりを捨てる。優れた戦略アジェンダを練る。優秀な経営チームを編成する…」などを挙げていますが、わが校の経営陣は、ものの見事にすべて欠如。
7階の「桃源郷」は、顧客優先どころではありません。賃料を浮かすため、教室は安い物件で、その多くは一つの部屋をついたてで区切っただけ。英語のテープに、隣のクラスの生徒が答えた、という話もあります。この状況でなぜ学校が継続しているかというと、古今東西の英語ブームと、数人の優秀な教師による英検での好結果です。
しかし、経営者は、10数年前の教材のみが、拡張の理由だという認識です。経営陣の一人は「教師なんて2年もてばいい」と放言したそうで、優秀な教師でも気に入らなければ即時解雇。このため事業拡張を狙って家族経営に移行したものの、現在生徒数は頭打ちか減少している状況です。その経営悪化を教師たちの責任とし、教師にはぼう大な量の進度報告を、生徒には進度表に合わせた試験を課し、重箱の隅を突付くような評価をしている。このため、ますます優秀な教師は退職し、それに伴い生徒も去っていくという悪循環を繰り返しています。古今東西の英語教室乱立に伴い、新しいアジェンダが必要なとき、「良い経営者の資質」と逆行しているという認識は全くありません。
私の場合、開校したばかりの教室に一人送られ、休退会の数を極力抑え、クラスも増えたため圧力は軽かったのですが、経営陣からの感謝や激励の言葉は皆無でした。半ばやけっぱちで、無駄な進度報告はクラスの多さを理由に未提出。子どもは個性があるのに、カリキュラムに沿った報告や試験など、しょせん無理というもの。
私は、わが校の経営陣の最も大きな弱点は、情報収納能力のなさだと思います。学期ごとのレポート、生徒の入・退学理由、家庭の背景、教師の履歴および退職理由など、多岐に渡る情報をコンピューターにインプットしておけば、即座に生徒や教師の正確な情報が入手できるし、その作業を通して、英語教育の流れや要求を分析し、将来の見通しを立てることもできるのです。
しかし、その認識と能力は全くなく、いまだかつて書類と記憶とメモに頼って700人近い生徒と多くの登録教師を動かしています。このため書類紛失によるごたごたは日常茶飯事。授業中にかかってくる電話での生徒やクラスに関する質問はいつも同じ。3月のクラス編成など地獄で、親からの苦情は引きも切らず、といった調子。これをこりずに続けている点は、賞賛すべきなのか。
先月、M先生と食事をしました。「歌舞伎には頻繁に行くから、いつも安い席なのよ。でもこの前、一番前の席を奮発して買ったの。もう、素晴らしくて涙が止まらなかったわ」。日常の憂さを晴らす、うれし涙でもあったに違いありません。
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