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小さな英語教室

By Yuri Kiba / キバ・ユリ

オーストラリア人の夫と結婚し、シドニー在住歴24年の筆者が、学校とは離れた教育の場で、子供たちを見ていて感じたこと、考えさせられたことを紹介するコラムです。
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Yuri Kiba / キバ・ユリ

Vol. 50 : オックスフォードからの手紙 (5) ハプニング

 ちょっと他では聞けないお話をいたしましょう。まずは息子からの手紙…。

 「明日は5月1日、メーデーです。今夜は皆で集って夜を明かし、翌朝6時、モードレン塔で催される聖歌隊の美しい声を聞くのが伝統となっています。そのあとは、カレッジにも戻り朝食。朝食にシャンパンが出るのも習慣の一つです」。

ふーん。春を祝うなかなかしゃれた伝統です。そして翌日の手紙…。

 「他のカレッジの学生は、2−3時間の仮眠を取って街に繰り出すんだけど、フローリー(街の端に位置するクイーンズカレッジの新入生寮)はモードレン橋を渡るから、寝てる暇なんてないんだよ。だって、5月1日、モードレン橋は、午前4時から8時まで閉鎖されるんだ。閉鎖される前に渡らなきゃ、6時から始まる有名なモードレン塔の合唱を聞けないというわけ。だから、皆で午前3時半に橋を渡って、それから2時間半、眠気を覚ますためにコーヒー漬けになったよ。おかげで塔の前の大勢の観客の中に入れた。さて、ようやく6時を告げる鐘が鳴って静寂が広がった。合唱が始まる。美しく、畏敬の念を起こさせるような歌声が聞こえてくる…はずだったんだけどさ、スピーカーが前代未聞の旧式のやつで、声がゆがんだり、引っ掻いたような声になっちゃって、観客は笑うわ、やじるわ…。結局僕たちは5分いただけで、その場を去りました」。

 そして、聖歌隊のあと…。

 「夕方になるとメイボール(舞踏会)が至る所で開かれます。一番豪華なのはユニバーシティーカレッジの舞踏会だと思う。僕は、ドレスアップしたカップルが向かう方向とは反対側を歩き、部屋に戻って、マミーが送ってくれたP.D. James(探偵小説)を読んでいます…」。

 ちょっと待て! そのころ主人が息子に送った本は、イエーツ詩集とかボードレール集。私が送ったのは推理小説? 気落ちしますが、事実だったので仕方がないとして、メイボールに関しては、「俗物で、気取っていて僕の趣味ではない」などと言いながら数日後の手紙に…。

 「社交ダンスのレッスンを受けています。今日はまず、早い調子のステップと、チャチャチャ。腰の動きが、いまいちかな。先生はヒッチコックに似た可愛い感じの人です。チャチャチャは、見るだけでも楽しいよ」。

 5月は、行事だけでなく、授業も春にふさわしく…。

 「天気の良い日、授業はフェローズガーデンと呼ばれる庭で行なわれます。カレッジの裏手にある花壇に囲まれた芝生で、とても気持ちが良いです。しかしながら、欠点二つ。一つは太陽による催眠効果。あと一つはアリ。初日のチュートリアルでは、アリの巣の上に椅子をまともに置いてしまって、ひどい目にあった。

 そんな中、寮の近くで殺人事件が起きたと聞いたら驚かれるでしょうか。

 「殺人が起きた。夜11時ごろ帰宅したら、近くのエンジェルメドーの一角にテープが張られ、警察官がたくさんいて異様な雰囲気。寮を見上げたら、寮生が皆、窓から首を伸ばし下を見ているので、何事かと警察官の一人に聞いたんだ。そしたら、チャーウェル川の土手で死体が見つかったとのこと。被害者はこの辺の者ではないらしい。今夜、シドニーの友人2人がスペイン旅行帰りにオックスフォードに到着することになっているので、すごく心配したよ。僕の部屋の前に、巨大なバックパックが2つ置いてあったけれど、持ち主がいないじゃない。必死に捜して、ようやく30分後に、寮内を歩き回っている2人を見つけ一安心。今朝は、警察が寮に事情聴取に来たよ。不思議だね。77人の寮生の部屋は全部、殺人現場に面しているにもかかわらず、誰も何も見てないんだよ」。

 結末は…。

 「被害者はホームレスの16歳の少年で、犯人は逮捕されたよ。地方紙は『ゲイとセックスとドラッグ』という見出しで大々的に報じ、現場の名前を取って、『エンジェルメドー殺人事件』と呼んでいます。この土曜は、近くの駐車場で酔っ払いのけんかがあるし、当分テレビは必要ないよ」。

 ケンブリッジと異なり、オックスフォードは、比較的大きな街の中に大学や寮が点在しており、ロンドンにも近いので、事件も世俗的。デクスターという推理小説作家の舞台がオックスフォードなのもこの辺が原因でしょうか。

 次は息子が犯した犯罪…。

 「法学部の友人が、最終試験を終えて自宅に帰る前に、「採点が遅れてるようだから、結果が発表されたら自宅のメールに送ってほしい」と僕に頼んできました。法学部で常にトップの成績をとっている彼女だから結果が気になるんだね。今朝はまだ発表されていなかったので、その旨を知らせたかったんだけど、頭の良い奴だから普通じゃ面白くないと思って、周辺の枯れた水仙と徒然草の手法を思い出し、「今日は情報なし」という意味合いのことを言うのに、「レクイエム:枯れ水仙の追悼を送ります」と書いたんだ。でも、コンピューターの前に集まった家族が、好成績を期待してメールを開いてみたら「レクイエム」だったでしょう。母親が失神寸前で、家中大騒ぎになったらしい。僕の評判は地に落ちたようです」。

 これらの手紙に対する主人の返事は完全に的が外れていて…というかページが抜けているのかもしれませんが…。

 「太陽の光が、風に吹かれて飛んでいく葉っぱを照らすように、君のことをちらちらと思い起こす。常に考えているわけではないが、君の存在は常に意識の中にある…」。

 この類の感傷は、時々私も理解の度を越えるのですが、息子の返事を日本語のニュアンスに直すと…。

 「やめてくれよ! 何て返事すりゃーいいんだよ」。

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