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小さな英語教室

By Yuri Kiba / キバ・ユリ

オーストラリア人の夫と結婚し、シドニー在住歴24年の筆者が、学校とは離れた教育の場で、子供たちを見ていて感じたこと、考えさせられたことを紹介するコラムです。
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Yuri Kiba / キバ・ユリ

Vol. 56 : ワールドカップ:どっちを応援しようかな?

 古今東西、海外での生活や留学生を受け入れるなどして、どこかの国に思い入れがある方々が増えていると思います。そんな折に開かれるワールドカップ。声を張り上げて日本の応援をする最中、突然、テレビの画面が吹っ切れて、滞在していた国や外国人の知人の顔が浮かびあがり、一瞬微妙な心境に陥る方がいるかもしれません。祖国日本と、思い入れのある対戦国。さてどちらを応援するか。テレビを見据える目の裏の複雑な想いが伝わってくるようです。

 今回のワールドカップで、日本ののワールドカップは、オーストラリアは出場していなかったし、日本も特に強力ではなかったのであまり関心なく、日程も気に留めなかったので、地下鉄から六本木交差点に出た途端、ブルーのシャツを着た若者たちの興奮の渦に巻き込まれたことがあります。その熱狂には怖さも感じましたが、途切れのない「ニッポン!ニッポン!」の大歓声に麻酔をかけられたような気分になり、しばらく水色の波に漂っていたような気がします。お国柄が分かる派手なシャツを着た外国人の群れは、その波間で競うヨットのようで、黄色いシャツのブラジル人応援団と、ユニオンジャックのシャツを着たイギリス人の一群がお互いに罵声を浴びせ合い、笑い声も混じったその罵声は「ニッポン!」の叫び声の中に再び消えていく。24年間海外にいた私には、シュールレアルな光景でもありました。

 海外の生活を体験した方の中には、何かの理由でその国が嫌いになり日本の勝利より対戦国の敗退を願う人も少なからずいるでしょう。応援の渦の中に身を置き、対戦国を大声でこき下ろせば憂さ晴らしができるかもしれません。日本が勝てばもっと気が晴れますが、とにかく、スポーツの熱狂の渦というのは、ある一種の陶酔を与えてくれるようです。

 滞在した国を好きになるということでは、昔シドニーで会ったT君を思い出します。ワーキングホリデーという1年間の労働許可を得てシドニーに滞在していた若者です。息子の学校の送り迎えなどの世話を頼んだMさんの友達で、仕事を終えた後、住み込みだったMさんに会いに、バスで私の家まで頻繁に来ていました。余談ですが、Mさんの実家は地方の旧家で、お母様の手紙に「ベン様(当時7歳の息子)によくお仕えするように」と書いてあり、2人で大笑いしたことがあります。でも、日本の古い礼儀の一端を垣間見たようで忘れることができない手紙でもありました。

 さて、T君はある日家に着き、「今日僕は本当にオーストラリアを好きになりました」と言うのです。その訳は、来る途中、寄宿制女学校の古い建物の手前で、バスの運転手がエンジンを切り、"Look! It's beautiful" と言って数分間シドニーの夜景に見入ったというのです。そこは高級住宅地にある高台で、湾を手前にしてシドニーの市街が一望の下に見渡せるのです。乗客はといえば、文句を言うどころか、一緒にその景色に見入ったとか。「本当にきれいだったんです。でも、僕は、バス停でもない所にバスを停めて景色に見入る運転手やお客さんにもっと感動したんです。日本じゃできませんよ」。

 私のオーストラリアに対する好き嫌いは表裏一体で、ちょっとしたことでどちらにもころぶのだけれど、彼のような素朴な経験からその国を好きになるというのは大変大事なことのように思われ、それ以後私も心がけるようにしています。日本を旅して、日本という国を好きになったオーストラリア人の知人たちが語る素朴な体験談も同様で、私自身が祖国を時折振り返って見直すための経典のようなもの。でも正直言うと、現実にはなかなか難しい。ビールジョッキを片手に日本とオーストラリアの応援の最中、周囲の喧騒を楯に、大声で私が何を叫ぶか、自分でも興味のあるところ。

 私の知人にクロアチア人と結婚してベオグラードに住み、政情が悪化したためオーストラリアに移住した日本人女性がいます。大学で教鞭をとったご主人が若くして亡くなったあと、3人のお子さんを育て、今は皆立派に独立したようですが、クロアチアは日本の2番目の対戦相手。日本人のワールドカップの応援環境も次第に複雑怪奇になっていくようです。

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