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小さな英語教室

By Yuri Kiba / キバ・ユリ

オーストラリア人の夫と結婚し、シドニー在住歴24年の筆者が、学校とは離れた教育の場で、子供たちを見ていて感じたこと、考えさせられたことを紹介するコラムです。
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Yuri Kiba / キバ・ユリ

Vol. 73 : 俳優・児玉清著『寝ても覚めても本の虫』から:なぜ原書を読むようになったか

 このところ、評論家などによる図書推薦書が出回っている。私も本好きなので、興味のある本を発掘するつもりで数冊読んでみたが、その中で興味を引いたのが、児玉清著の『寝ても覚めても本の虫』だった。

 児玉氏の読むジャンルの本は私のとはかなり異なる。しかし、読書が仕事の一部である評論家や作家などではない人が書いた本として、本への思い入れは、読む者に身近であった。また、彼の英語の原書を読むようになったきっかけや苦労話もなかなか面白かった。

 さて、なぜ児玉氏が原書で読むようになったか…。「(略)原因は単純で、翻訳を読み尽してしまったためである。手持ち無沙汰に呆然としているうちに、あちらでは原書の新刊が出ているのに気づいた。さあそれからはいても立っても居られず、わからなくてもいいから原書を買って読んでしまえ…」ということだったらしい。そこで当然問われるのが英語力だが、「猛烈に、読みたい一心の力が働いてか、さほどの障害もなく割りとスラスラいってしまったものだから大万歳で、それからはハードカバーにのめりこんだ」と言っている。人間誰でも好きなことやるときの苦労はいとわない良い例である。

 私もシドニーに住んだ当初、英書以外の選択はなかったけれど、貧しい英語力もさして問題にはならなかった。本好きのたどる道は同じようなものだ。その後、児玉氏が海外から洋書を手荷物として持ってくる苦労話も、私が日本で購買した和書を思い出させる。ため息も同じ。「本は重いなぁ…」

 そして、英語に関して児玉氏は…「気づいたのは、英語という言語が厖大な量のボキャブラリーと多様な語法を持っていることだ。次から次へと見知らぬ単語の羅列に、本当にこれが英語の文章なのかと、唖然とすることもある」。確かに英語の単語や表現の多さは他言語の類ではない。大手家電店には同意語だけの電卓辞書も売られているし、我家にはアメリカスラングの分厚い辞書もある。英語はまた歴史が古いだけでなく、今は国際的にも多様な人々に使われていて、細胞分裂も非常に激しい。

 私とて、スコット・トゥローやデニス・ルヘインの推理小説など読む際には、原書の横に、古本屋で買ってきた安い日本語訳の文庫を置いて、所々照らし合わせたりする。麻薬売買の関連用語、黒人独特の表現、固有名詞を使った比ゆ、監獄や安酒場での冗談など、お手上げの新語やスラングが随分あるからだ。翻訳を読んで「なーるほどね」と感心すると同時に、苛立ちもする。大体、「ヤク」「ごろつき」「酒場」「ネエチャン」という類の英語の類似語はいくつあるのだ?

   「英語の本を読む際に難しいのは、本の冒頭部分である」とも児玉氏は言っているがこれは私も痛切に感ずるところだ。「作家は誰でも出だしに凝る。そこでは文章に工夫を凝らし、難解な言葉や意味深な修飾語を重ねたりする。その結果僕は、原書を読み始めた頃、冒頭部分で撃退されたことが何度もあった」(私もよく挫折しました)… そして「そこを我慢して少々わからなくても辛抱強く読み進んでいくと、突然に光がさしてくるように理解できる」と言っている。特に推理小説の場合、後半が圧倒的に楽になることは確かである。

 ただし、物事には例外がある。私の場合はウンベルト・エーコの "The Name of the Rose"〈薔薇の名前〉。あまりに難解なので、和訳を古本屋で買ってきたが、中世の坊さんたちの宗教的な会話には全く役立たないどころか、逆に混乱した。映画を見ていたので筋は拾えて一応最後まで読んだけれど、冒頭部分の難解さが最後まで終わらない本も時たまある。

 まあ、『薔薇の名前』は、オーストラリア人の知人でさえ「半分は分からなかった」と言っていたのでホッとした思い出があるが、ネイティブにも難解といえば、ベトナム戦争映画の兵隊用語がある。若い世代は問題ないが、主人の世代には全く異なる言語に聞こえるらしい。だいぶ前シドニーで、主人が友達と『プラトゥーン』を見に行き、2人とも「米兵の会話が全く分からなかった」と憤慨して帰ってきたのを思い出す。だからSTの読者の皆さんも気落ちしないようにしてください。

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