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カズの取材日記

By Kaz Nagatsuka / 永塚 和志

スポーツ記者、永塚和志が取材を通じて遭遇した様々な出来事・人々について語るエッセイです。
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Vol. 1 : Kazmanian Devil's 取材日記

 僕は影響されやすいタチだと、自分でも思う。ブルース・リーの映画を見たあとは少し小刻みなステップを踏んでみたり、リリー・フランキーの『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』(扶桑社)を読んだあとはオカンを大事にしようと思ったりする。

 いまは……いまはバットを振りたい。あるいはボールを思い切り投げてみたい。そして、もしタッチアップの場面で僕が3塁走者なら、外野手がきちんとボールを捕球するのを確認してからスタートを切りたい——。

 いま、というよりいまだに思い切り影響を受けているのは、ご存じワールドベースボールクラシック(WBC)である。僕は学生時代に野球の経験があるが、今回の大会を見て改めて思ったのが「野球ってこんなに面白かったんだ」ということだ。大体、熱し易く冷めやすい僕は、ブルース・リーのステップを踏んだ次の日はもう普通の歩き方に戻っているし、『東京タワー』を読んで感動してもしばらくしたらまたオカンとケンカしてしまうほど、すぐに元の自分に戻ってしまう。でも、WBC効果だけは簡単には薄れない。だってそうじゃないか、自分の国が世界で一番になったんだから。喜んでもバチはあたるまい。いや、喜ばないほうがバチがあたるというものだ。

 僕の場合、幸運にも2月下旬の福岡での合同合宿&壮行試合から、3月20日、サンディエゴの決勝戦まで約1ヵ月間、WBCと王ジャパンを取材し、日本チームの熱闘を目の当たりにすることができただけ、余計のそのうれしさも募っているというわけだ。

 この喜びは、おそらく半永久的に続いていくだろう。とはいいつつ、人間の記憶なんてあいまいだから(特に僕は記憶力がないので)、ここはひとつこの1ヵ月の出来事をまとめてみようと思い、筆を取った。

KAZMANIAN DEVIL'S WBC 取材日記 福岡ヤフーBBスタジアム外観 KAZMANIAN DEVIL'S WBC 取材日記 福岡ヤフーBBスタジアム内練習風景
 2月23日から僕は福岡へ飛び、まず手始めに日本代表の合同合宿を見ることにした。最後は最高の形で優勝した日本チームだが、今思えばよくここまでたどり着いたなという感じだ。優勝からさかのぼること1ヵ月前のこの福岡の段階では、ほとんど誰ひとりとしてコンディションが整っていなかったからだ。特にイチロー(シアトル・マリナーズ)のバッティングが気にかかった。スイングにシャープさが足りない。それはチームメイトの川崎宗則(福岡ソフトバンク)や西岡剛(千葉ロッテ)と比べても明白だった。

 それでも、守備面ではやはりイチローの実力に感嘆せざるをえなかった。外野の守備練習の際、ライトの守備位置にはイチローと福留孝介(中日)がついていた。福留は高校時代(PL学園)とプロ入り当初はショートを守っていた選手だが、外野の守備もいまや一流だ。だがそんな福留も、イチローと並ぶと明らかにかすんでしまっていた。まず一つひとつの動きが違う。イチローはゴロでもフライでも、打球がバットから放たれた瞬間にもうそれがどこに飛んでくるのか分かるかのように、素早く動くことができる。また、送球に関してはさらに明らかだ。ライトから3塁や本塁への送球で、イチローは有名な「レーザービーム」と呼ばれる超剛速球をワンバウンドないしノーバウンドで投げ込んでいた。福留も強肩だが、イチローとはそのさらに上をいくレベルの野球選手に見えた。

 と、ちょっと話が堅くなったので、全然関係のない話でこの場を和らげたい。ぼくは福岡では天神という繁華街に宿をとっていたのだが、このあたりの大通りの歩道にはたくさんの屋台が立ち並んでいる。共同通信に勤める知人が福岡市から近い小倉に住んでおり、このことを教えてくれていたので、その存在は知っていた。しかし、実際に屋台の数々を目の当たりにすると圧倒された。屋台といっても、作りは大きく、もうそれは立派な「店」と化している。まだ寒い季節ということもあってか店の周りはビニールのシートで囲まれており、中はあったかそうだ。残念だったのが、僕は仕事に忙殺されていたため、結局この屋台ののれん(のれんが実際にあったかどうかは忘れてしまったが)をくぐることができなかったことだ。でも、「焼きラーメン」「焼きカレー」など東京では聞きなれない食べ物の名前と、ほかの地方ではおそらく見られないだろうこの屋台文化を見て、あとで「やっぱり1度くらいは行ってみるべきだったな」と悔やんだ。ああ、仕事のバカ。というか、短時間で仕事を片付けられない僕がバカ。

KAZMANIAN DEVIL'S WBC 取材日記
 上述の小倉の友人には、一夜だけ泊めてももらった。なかなかゴージャスなマンションにたった1人で住んでいた友人Y。泊めてもらったのは土曜日で、翌日はYが休日ということで氏の車で関門海峡へ連れて行ってもらった。初めて訪れた関門海峡は、素晴らしい眺めだった。「ここが本州と九州の間かあ」という、まったく工夫のカケラもないセリフではあるが、それを何度も繰り返して口に出してみた。日本で有名な海峡といえば津軽海峡とこの関門海峡くらいしか、博識ならぬ"薄識"の僕には頭に浮かばないが、その有名な関門海峡が思いのほか狭いのに気付く。一番狭い個所で700メートルあまりしかないというから、ほとんど川のようにさえ見えてしまう。だが川と違うのは、この海峡では流れが1日に4度も逆転、つまり東から西に流れていたものが西から東へ、そして今度はそれが再び東から西へ、という風にに潮の向きが変わることである。これは、海峡の両端にある周防灘(瀬戸内海側)と響灘(日本海側)の潮位が、潮の満ち引きによって変化するために起こる現象のようだ。

 関門海峡とともに忘れられないのが、海峡の近くの門司(もじ)港付近で食べた「太平山ラーメン」だ。とんこつしょうゆのこのラーメンは最高だった。麺や具自体はいたって普通なのだが、そのスープが天下一品。あまりのおいしさに友人Yは、ぼくが半分を食べ終わろうかというころにすでに麺をたいらげてしまい、あまりのおいしさに替え玉を頼んだほど。しかし、この店では「替え玉制度」はないらしく、Yは泣く泣く箸を置いた。こんなにう

KAZMANIAN DEVIL'S WBC 取材日記 ハヤシライス
まいのに替え玉はなしだなんて。替え玉アリだったらもっと儲かるだろうに、と思うがそうしないかたくななところがまた気に入った。依然として腹を空か せていたYを横目に、ぼくはどこか晴れ晴れとした気持ちで店を出た。

 本当はこの直後に、僕とYの30をすぎたおっさん2人は門司港近くの喫茶店で最高にうまいハヤシライスも食べた(太平山ラーメンを出て30分後くらいだったと思う)のだが、いつの間にやら野球以外の話が長くなってしまったので、ハヤシライスの話は割愛させていただく。

 真面目な話に戻るが、福岡での合同合宿&壮行試合の期間中、イチローが1次ラウンドを目前に「問題発言」をした。例の「向こう30年くらいは日本にかなわないと思わせる」という発言である。この言葉は別に特定の国に向けて発せられたものではなく、世界一を狙う上で1次ラウンド——通称・アジアラウンド——で負けるわけにはいかない、という気持ちを表した言葉だったと思う。だからこれは、決して他の国を下に見るような意味はなかったはずだ。中国と台湾がこのイチローの発言が気に障ったというところはなかったように思えたが、一方韓国では異常なほどの反応があった。というよりも、アジアのライバル日本に対して何かしらの反応を喚起しようとしていたようにさえ思える。結局、日本はWBCで韓国と3度対戦し、いずれの試合でもイチローは韓国ファンの猛烈なブーイングを浴びることとなった。

 この一件で改めてプリントメディア(紙媒体)の怖さというものを認識したように思う。というのも、まずイチローが会見でこのセリフを口にしたとき、この模様はテレビでも映っていたが、イチローはあきらかに冗談めかして話していたからだ。他国を蔑視するような辛らつな言葉ではなかった。この言葉を取り上げてスキャンダラスに報じた韓国メディアには公正さというものが著しく欠けていたし、罪があったように僕は思う。

 確かに、上のイチローのコメントが紙に載れば挑発的なものと捉えられなくはない。だがこれが、「向こう30年くらいは日本にかなわないと思わせる、みたいな(笑)」と載っていたら、読む人の印象は随分と違うのではないだろうか。ちなみに、これはイチローが実際に言った言葉だ。「みたいな」や「(笑)」と入っているだけで人に与える印象はかなり変わってくる。国を問わず、スポーツ選手を含めた有名人、著名人が文字メディアを敬遠しがちなのは、こういうところにあるのかもしれない。

 しかし、イチローというのは改めてすごい選手だなと思ったのが、WBC3度目の対決でようやく韓国を打ち破ったサンディエゴでの準決勝の試合後だった。激しいブーイングにさらされてプレーに影響は出なかったかという質問に、彼は「いや、今日は前回より(ブーイングが)物足りないくらいだった」と笑顔で言ってのけたのだ。前回とは2次ラウンドの、2度目の対戦(韓国が2−1で勝利)のことだが、この試合のイチローへのブーイングはすさまじいものがあった。とはいえ、準決勝のブーイングもそれに劣るものではなかったはず。それを「物足りなかった」と言ったイチローの精神的な強さに感銘を受けた。まあ、聞く人が聞いたらあまのじゃくな男だと思うのかもしれないけど……。

 日本代表チームは、お披露目となった福岡の壮行試合を2勝1敗で終えた。通常ならキャンプをしているはずの2月下旬の試合だから、選手が思うよなプレーができるわけがないというのは頭では分かっていた。それでも、実際に試合を目の当たりにすると、「このチームで本当に世界一が狙えるのかな」という不安ばかりが募った。でも最終的に、王ジャパンは本当に世界一になってしまった。野球というのは恐ろしいスポーツだと思うとともに、自分の慧眼(けいがん)のなさに失望した次第である。しかし、そんなことはどうでもいいことだ。だって日本が優勝したのだから。しかも、すんなり優勝したわけではない。屈辱的に負けと、疑惑の判定なんかも経験しながら、苦しんで、苦しんで手にした優勝トロフィーだけに、うれしさも倍増である。

 次回からも、日本がサンディエゴで世界一に輝くまでの瞬間を、裏話を交えながらお伝えしていこうと思う。僕がちゃんとそのときの記録を脳みそのなかに保存していれば、の話ですけど。


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