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カズの取材日記

By Kaz Nagatsuka / 永塚 和志

スポーツ記者、永塚和志が取材を通じて遭遇した様々な出来事・人々について語るエッセイです。
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Vol. 2 : Kazmanian Devil's 取材日記

 3月3日から、WBCの1次リーグA組(アジアラウンド)が東京ドームで始まった。参加チームは日本、韓国、台湾、中国。その中で、日本代表以外で僕が一番関心を持ったのが中国チームだ。ご存知のとおり中国の野球の歴史は非常に浅い。中国と言えば? ときかれれば、中華料理や万里の長城と答える人はいても、「野球」と答える人がいるとは到底思えない。いや、いるわけがない。中国で野球などとほざけば、「何を言うとんねん、アチョー」とカンフーキックのひとつも食らってしまうのが関の山である。あるいは中国国内でも、「何? 野球? 何じゃそら。食えるんか? そんな競技をするなら少林寺拳法でもしなさい」などと怒られ、水のたっぷり入ったおけでも持たされるかもしれない。

 そんな風に、ほとんど誰の注目も引くことなく日本へやって来た中国ナイン。昨秋、同所で行なわれたアジアシリーズでも、日本、韓国、台湾の各優勝チームが参加するなか、レベルを考慮して唯一代表チームで戦った。それゆえ日本でプレーするのは今回が初めてというわけではなかったが、中国という国のチームが日本、韓国、台湾というアジアの野球強国に混じっているのはどこか不思議な感じがした。レベルが低いから参加すべきではない、と言っているのではない。野球の世界的な広がりを考えたら新興国の参加も必要だ。そう、その意味では、中国チームの参加はむしろ「新鮮に感じた」と言うのが適当かもしれない。

 中国代表チームを2002年から指揮しているジム・ラフィーバー(元ロサンゼルス・ドジャース、千葉ロッテオリオンズ選手)も、中国の選手を指導しながら、毎日新鮮な感覚を覚えていると言った。ラフィーバーは昨秋のアジアシリーズの際、中国の野球と選手についてこんなことを語っていた。

"They have great intuition and attitudes. They retain well. They are good workers. All the attributes other than physical talent, they have them. That makes it very rewarding for us."

(彼らには素晴らしいプレー勘があるし、態度もいい。しかも、継続してできる。身体的な能力ならまだまだだけど、それ以外のものはもう持っている。だからわれわれにとっても非常にやりがいのある仕事なんだ)

"Once it (baseball) starts to grow in China, it's going to be huge. It may take 10 or 15 years from now, but when baseball really starts to jump, explode, we're all going to sit back and go, 'Wow'. "

(一度中国で野球が盛んになれば、それはすごいことになるはずさ。そうなるには今から10年とか15年とかかかるかもしれないけど、いったん火が点いたらみんな「すごい」と言うことになるだろうね)

 僕は中国の練習をつぶさに見ていたが、ほかの3ヵ国とは違って選手は実に、実に……なんと言うか、かわいいのである。別に僕は男色ではない。でも、かわいいのだ。何がかわいいのかというと、練習をするためにフィールドへ入る際、中国の選手は全員が固まってこそこそと入っていくのである。まるで「われわれなんかがこの東京ドームという素晴らしい球場でプレーしていいのだろうか」と遠慮しているかのように、小走りにフィールドへと入っていくのだ。また、練習時間を次に控えた中国チームの面々は、日本の打者たちが打撃練習をしているとき、ベンチ前でじっと、ろう人形のように固まって日本選手の打撃を観察していたのだ。その昔見た某クレジットカード会社のCMに出てくる、街の楽器店のウィンドウに飾られた金ピカのトランペットを凝視する幼い少年のような純真な眼差しで、イチローや松中、福留といった日本のスターたちを眺めているのだ。野球をする者なら少年時代に誰もが持っていたような憧れやせん望を、この中国の選手たちはWBCという大会で見せていた。そのあたりが、僕にはかわいく思えたのかもしれない。

 そして、あくる日からいよいよWBCの本番がスタートした。僕はアジアラウンドの3日間とも、ボブ・シャーウィン氏というシアトル・タイムズで長らくシアトル・マリナーズの番記者を勤めた名スポーツライターの隣に席を取っていた。氏は04年にイチロー(マリナーズ)が年間262本の大リーグ記録を作ったときのことを綴った著書などを出しており、これらは日本語にも訳されて出版されている。シャーウィン氏と会ったのは今回が初めてだったが、実は5年前にイチローが大リーグに移った初年度、某他紙で働いていた僕は、デビュー年から大活躍をしていたイチローにMVPを獲るチャンスはあるかという内容の質問を、Eメールでシャーウィン氏に送ったことがあった。多忙だったはずなのに、シャーウィン氏は僕の質問に真摯に答えてくれたのだ。僕はそれがうれしくて、ずっと覚えていた。そのシャーウィン氏が、今回WBCの取材で東京へ来た。そして、偶然にも僕と席が隣になったのだ。シャーウィン氏は、Eメールで対応してくれた印象同様に、僕のような若造にも丁寧に接してくれた。

 こうして、名ライターの横に思わず座ることとなった僕。しかしこのシャーウィン氏、まじまじと見ると誰かに似ている。あ! 銀河皇帝だ! 映画『スターウォーズ』のパルパティーンだ。僕は、あまりに唐突にそう思った。銀河皇帝ことパルパティーンとは、同映画に出てくる悪の総帥で、ダークサイドと呼ばれる非の力を自在に使いこなす悪の権化なのである。この悪の権化に対抗できる「選ばれし者」としてジェダイ騎士のトレーニングを受けるアナキン・スカイウォーカーも、最後はこのパルパティーンの巧みな口車に乗せられダークサイドへ堕ち、かの有名なダースベイダーとなってしまうのだ。イギリス出身のイアン・マクミダードという俳優がこのパルパティーンを演じているのだが、シャーウィン氏は彼にどことなく似ているのだ。そう思うと、さっきまで尊敬の眼差しでシャーウィン氏を見ていた僕は、突如、映画のなかのシーンを思い出しながら、こんな即興芝居を頭のなかに思い浮かべてみた。

「いい記者になりたいんです、先生! そのためには何でもします。どうすればいいですか?」

「この世界にはまだ人々が知らない力が存在するんだよ。その力があれば、ものすごい文章が書けるんだよ」

「その力は一体誰から教わるんですか?」

「Not from a Jedi」(ここだけなぜか英語)

〜『スポーツライター版スターウォーズ シスの復讐』 カズ・スカイウォーカー役=カズ・ナガツカ、パルパティーン元老院議長役=ボブ・シャーウィン、演出=カズ・ナガツカ〜

 『スターウォーズ』を見たことがない人ならなんのことかさっぱりわからない会話だろう。とにかく僕は、この穏やかなアメリカ人、シャーウィン氏が銀河皇帝に似ている事実を複雑な心境でかみしめていた……。ちなみに、シャーウィン氏はシアトルタイムズ紙の番記者を数年前に辞め、現在はニューヨークタイムズ紙の通信員などをしている。シャーウィン氏のパソコンのデスクトップにはシアトル郊外にあるという氏の自宅の写真が貼られている。これが美しい緑の木々に囲まれたクラシックな一軒家で素晴らしいのだ。こんな豪邸に住めるなんて。シャーウィン氏、やはりアコギな仕事をしてきたのだろうか……。あ、良く見ればそのパソコン自体も僕の中古のボロラップトップとは違ってピカピカのモノではないか。ちなみに僕のボロパソコンは、福岡取材の際、道でかばんごと落としてしまいスクリーンが斜めになってしまった。なんてこったい。

 そんなこんなで、アジアラウンドはあっという間に終わった。日本チームは、中国戦18−2、台湾戦14−3とコールド勝利を収めたが、最終戦(3月5日)韓国戦で8回に3番・李承Y(読売ジャイアンツ)に逆転の2ランを与え、3−2で屈辱的な負けを喫した。イチローは試合直後、「かなり屈辱的な雰囲気でした」とコメントしながらほぞをかんだが、実際戦った選手たちほどではないにしても、僕にとってもそれは屈辱的な敗戦だった。しかし、一方で、心のどこかにちょっとしたうれしさもあった。この5日の韓国戦はアジアの宿敵との対戦ということもあり、序盤からヒリヒリするような、緊張感のある試合となった。まさに胃が痛くなるような試合だった。敗れたとはいえ、そんな1球1球が重要な意味を持ち、また国の威信をかけて戦う試合を目の当たりにできて、掛け値なしで幸福に感じたのだ。

 野球ではこれからの国、いわば「幼年期」にある中国チームとその選手たちの野球への真摯な取り組みから、「国」というものを強く意識させてくれた日本対韓国の好試合まで——。あぁ、スポーツの仕事をしていて良かった、と素直に思ったものである。ただ、本当は、ビールをすすりながら観られればもっといい。あるいは、たとえダークサイドに魂を売ってアコギな商売をしてでも、豪華な家に住むことができればもっといい——。


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