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カズの取材日記

By Kaz Nagatsuka / 永塚 和志

スポーツ記者、永塚和志が取材を通じて遭遇した様々な出来事・人々について語るエッセイです。
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Vol. 6 : Kazmanian Devil's 取材日記

 語弊を恐れずに言えば、少しだけ物足りない試合だった。

 3月20日、WBC決勝戦は対戦相手、キューバ投手陣の乱調と、日本の先発・松坂大輔(西武ライオンズ)の快投により、日本が10−6で勝利。第1回大会の記念すべき優勝チームとなった。物足りない、というのは試合が一方的だったからではない。日本が準決勝で韓国を破って決勝戦に進出した時点で、僕の気持ちはすでにユルユルに弛緩(しかん)してしまっていたからだ。まして、日本は一度"死んだ身"である。だから、このキューバとの試合がどんな展開になろうとも僕の脈拍が劇的に上がるようなことはなかったのではないかと思う。決勝進出が決まった時点で、僕のWBCはすでに大成功に終わっていた。

 そんな気持ちだったから、前日にちょっと失礼な質問をしてしまった。相手は多村仁(横浜ベイスターズ)選手だった。僕は多村選手に「2度負けた韓国にようやく勝って、気持ちが緩んでしまってるということはないか」と聞いた。すると多村選手は、「いや、そんなことないですよ、絶対に。そんな中途半端な気持ちでは来てないですから」と答えた。なんとも馬鹿な問いだったと思う。多村をはじめとする日本代表の戦いは、当然ながらまだ終わっていなかったのだから。

KAZMANIAN DEVIL'S WBC 取材日記
 ちなみに多村選手は松坂と同じ横浜高校からプロ入りしたが、松坂がプロ入り1年目から活躍したのに対して、彼は下積み期間が長かった。2004年に40本もの本塁打を打ってブレーク。いまやセ・リーグを代表するスラッガーとなったが、スターとなっても多村は謙虚さを失わなかった。2次リーグ前、フェニックスでの練習試合のときに、ミルウォーキー・ブルワーズのネッド・ヨスト監督が興味を持っていたよ、と多村に告げると、「本当っすか?」とうれしそうに相好を崩していたのが印象的だった。とにかく、そんな親しみやすい多村でも、決勝戦が終わるまでは気を抜けなかったというわけだ。

 一番リラックスしてたのは王監督だった。「もうここまで来たらね、"まな板の上の鯉"だよ」と笑いながら、しきりにバットを振ったりボールを投げたりするしぐさをしていた。王監督、本当は自分も天然芝のこんないい球場で野球をしたいんだろうな。僕はペトコパークのフィールドでそう思った。そして、ナボナを食べたくなった。

 ハイ、バター。

 まだ試合は終わってないというのに、記者席で僕は隣に座っていたスポーツアンカーのKさんと記念撮影をしていた。本当は記者がするべき行為ではないのだが、それくらい日本の優勝(まだ試合は終わっていないとはいえ)がうれしかったということ。本当のことを言えば、Kさんが写真撮ろうぜと無邪気な顔で僕に言ってきたからしぶしぶそうしたんです。ほんとです。許してください。

 大塚晶則(テキサス・レンジャース)が最後の打者を三振に打ち取る。試合終了。日本ナインはマウンドへ駆け寄り、喜びを爆発させる。紙吹雪が舞う。なんと綺麗な光景か。ほとんど休みもなく、福岡から約一ヵ月WBCを取材してきたが、オロナミンCを飲まずとも元気ハツラツとなるほどのシーンだった。

 試合後の記者会見に現れたのは、王監督、イチロー、そして大会MVPの松坂だった。3人とも当然ながら笑顔だった。特にイチローは、このWBCに相当賭けていたためにこの1カ月、表情が緩むことはほとんどなかった。「JAPAN」のユニフォームを初めてまとった2月下旬の福岡合宿以来ではなかったろうか。すべての重圧から開放されたイチローのすがすがしい顔を印象的だった。

KAZMANIAN DEVIL'S WBC 取材日記
 面白かったのが、決勝戦の記者会見だというのに通訳が用意されていなかったことだ。WBCはすべての公式会見が英語に通訳されていたのだが、この決勝と、その前の準決勝でも、日本チームの通訳がいなかった。決勝後の会見では、王監督、イチロー(シアトル・マリナーズ)、松坂がすでに会場にいるのに、通訳がいなくて始められないという状況になった。

 僕も含めた日本の記者はべつに通訳などいなくてもいいからさっさと始めてくれ、という心境だったが、一応外国のメディアもいるのでそういうわけにもいかない。「早く始めろよ、この野郎〜」。だんだんと周囲の日本人記者たちが苛立ってくる。貧乏ゆすりをする人が増えてきた。時差があるとはいっても早版などの締め切りがあるから、そうなるのも仕方のないところか。そうこうしてると、「記者の方のなかで英語が堪能な方いらっしゃったら、通訳お願いできませんか〜?」と主催者側の人がわれわれに聞いてきた。

 「永塚さん、やったら?」。隣に座っていた記者の方が笑いながら言う。冗談じゃない。僕は通訳とか翻訳の類のことは絶対にやりたくない。なんとかその空気を逃れるべく、僕は隣にいたKさんに、「Kさん、英語流暢じゃないですか。Kさんがやったらどうですか?」と半分ニヤニヤしながら言ってみた。Kさんは「勘弁してよ〜」と僕にはないさわやかな笑顔で答えたが、本当に「勘弁してよ〜」である。我々は取材で来てるんだぞ。結局通訳の人が来て事なきを得たが、野球世界一を決める大会の割に、第1回大会ということを差し引いても、そのあたりの対応がずさんだった。

 ちなみに、通訳の人が現れたときの安堵感と言ったらなかった。幼少のころ、西友で迷子になって長らくさまよった挙句に母親と再会したときのそれに似ていたような気がする。そしてついでに、「西友といえば、西友も近い将来"ウォールマート"と名前が変わってしまうのだろうか」といらぬことにまで想いが及んだ。

 翌日の昼、日本代表はペトコパーク近くのホテルで、記者会見に臨んだ。大リーグでプレーするイチローと大塚は、このあとすぐにそれぞれのチームの春季キャンプに合流しなければならなかったので、これが代表チーム全員が揃う最後の機会となった。

KAZMANIAN DEVIL'S WBC 取材日記
 本当なら記念すべき第1回WBCの優勝を祝ってザギン(銀座)でパレードでもしたいところだろう。だが今大会は日本や大リーグのシーズン直前に行われたため、それは到底無理な話だった。

 優勝したにもかかわらず、選手たちの表情が寂しげだったのが今でも印象に強く残っている。本当はもっと喜びに浸っていたいところだろう。しかしそれぞれがこれからすぐにシーズンに向けての準備をしなければならない。優勝の翌日に帰国というのも残酷な話だ。

 「できることならば、日本経由でアリゾナに行きたいくらい」とイチローが言えば、「日本にみんなと凱旋したかったけど、それもできないので、僕は今日一人、エコノミークラスでアリゾナへ行きます」と大塚も冗談交じりに述べる。冗談が冗談にならないほど、2人の表情は何とも言えぬ複雑なものだった。

 会見が終わると、日本チームの面々はホテルに横づけされたバスで直接空港へ向かうことになっていた。イチローと大塚は、バスに乗り込む前にチームメイトやコーチたちに別れを言って、見送った。昨日までともに激闘を乗り越えてきた仲間との別れ。僕はその光景を見ていて、胸が締めつけられるような思いがした。と同時に、僕の旅も終わりなんだなと実感した。

 王ジャパンを乗せたバスが去り、イチローも大塚もその場を後にした。決勝戦前日は前夜祭でにぎわい、決勝戦にも大勢の観客が詰め寄せたペトコパークと周辺の街だが、今はもう人の数もまばらである。僕の首にはWBCの取材証がかかっていたが、これももう効力がなくなってしまった。魔法はこの日、解けたのだ……(←一度書いてみて、気持ち悪いと思いつつも、削除しないでそのままにする自分自身を褒めたいです)。

 決勝戦前日、僕はWBC日本代表の帽子を購入した。最初この帽子とユニフォームを見たときは、正直「ださっ」と思ったものだが、今はこれほどカッコ良い帽子もないのではなかと思う。特に横に付いている日の丸が良い。

 帰国後、僕はしばらくこの帽子をかぶって"どうだ顔"で街を闊歩した。ちなみに、僕の買ったこの帽子、サイズは7インチと8分の5だ。このサイズは、説明がめんどくさいから詳細は各自で調べてもらいたいのだが、アメリカでもあまり置いていないビッグサイズだ。僕は運良く発見できた(これまで1サイズ下の7インチと2分の1をかぶって頭がややうっ血気味だった)が、そこでもその、僕が購入したのが唯一の「7と8分の5」だった。数年前にロサンゼルスのフットロッカー(アメリカのスポーツ用品のチェーン店)でロサンゼルス・ドジャースの帽子を買いに立ち寄ったときにも、店頭にはそのサイズがなくて、店員が"Wait a minute."とか何とか言ってわざわざ奥の倉庫にまで探しにいってくれたということがあった。完全な余談である。

 とにかく、僕は自他共に認める頭の大きさを誇っている。中に入っている脳みその大きさがそのフレームに比例していないのが不満だが、まあそれは今さら言っても始まらない。それよりも、「お前は頭の大きさだけはメジャー級だな」と言われたことがこれまで数度あったのだが、WBC日本代表の「7と8分の5」をかぶりっていると、そう言われるのがなぜか褒め言葉に思えるのだ。

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