最初にお断りしておきますが、今回に限っては「日常生活でよく使われる」とは言いづらい言葉を取り上げます。アルファベット26文字のうちXで始まる英単語は最も少ないのです。その中からさらにスポーツ用語を見つけるとなるとマニアックなものにならざるを得ません。
ただ、今回のXs and Osも原義を離れて別の意味に使われることがあるという点ではこのコラムのテーマに沿ったイディオムだということはできます。
この言葉はアメリカンフットボールで使われるものです。かといって、フットボール入門書をひも解いても、この言葉はおそらく紹介されていないでしょう。"touchdown"や"quarterback"ほどフットボール用語として認知されていないからです。
フットボールは戦術が非常に発達したスポーツです。サッカーやラグビーのようにプレーが連続するスポーツとは違い、1プレーごとに止まっては再開するという動作を繰り返します。その意味ではピッチャーの1球ごとにプレーが始まる野球に似ています。
フットボールではプレーごとに全選手の役割が細かく決められています。A選手は直線を走る、B選手は相手のC選手をブロックする、D選手はボールを持って走る、といった具合です。状況判断でプレーするサッカーやラグビーとは大きく異なる点です。そして、フットボールではプレーごとの選手の役割を図解で示します。これを集めたものがプレーブックといい、フットボールチームなら必ず持っている作戦ノートです。
このプレーブックを作成する際にオフェンス選手の動きを○で、ディフェンス選手を×や▽で描きます。このことから、フットボールでは○と×と言えば、プレーブックのことを指し、転じて戦術や作戦のことを言うようになったのです。Xs andOsのXは×、Oとは○のことですね。
Coach Bill Belichick is an expert of the Xs and Os.
という文があったとします。ここで言うXs and Osとは「フットボールの戦術」という意味で、訳せば「ビル・ベリチック(NFLペイトリオッツ)ヘッドコーチは戦術のエキスパートである(=戦術に長けている)」となります。
日本語でも「あのコーチは○×が描ける」というと作戦の立てられる有能なコーチを指します。
ただ、冒頭でもお断りしたように、これが日常生活で使えるかというと残念ながらそうではありません。ただ、相手がアメリカンフットボールをよく知っている人ならば、たとえば
You should show us the project's Xs and Os.
というと、「例のプロジェクトの戦術(計画、進め方)を提示してください」と日常生活でも応用が利くということになります。
相手がXs and Osという言葉の使い方を知っていることが大前提となりますが、もともと言葉というものはそういうもの。お互いが共通認識を持っていて初めて「ただの記号」が「言葉」としての役割を持つのです。スポーツ用語も、相手が言葉の意味を認識しているかどうかが日常生活で使えるか否かの基準になります。これまでもこのコラムでいろんな言葉を紹介してきましたが、広く認知されているスポーツ、世界で楽しまれているスポーツに語源を持つ言葉ほど日常生活で普通に使われているような気がします。
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