"It's just God disguised as Michael Jordan."
(元ボストン・セルティックス ラリー・バード)
どんなスポーツでも、それを語る上で欠かすことのできないスーパースターがいるものです。バスケットボールではマイケル・ジョーダンがそうでしょう。
ジョーダンはNBA(全米バスケットボール協会)の革命児でした。1986年にシカゴ・ブルズに入団するや瞬く間にスターダムをのし上がっていきました。
ジョーダンの魅力はなんといってもその跳躍力でした。常人では考えられない滞空時間はまさに「宙を跳んでいる」という表現がピッタリとくるほど。人はその跳躍をもって「Air Jordan」というニックネームをつけたものです。
ジョーダン以前のNBAは人気の面でMLB、NFLに大きく水をあけられていました。ところが、ジョーダンの見せるスーパープレーに人々は熱狂し、一躍NBAは世界的に人気を博すスポーツリーグへと発展したのでした。ジョーダンはそれだけの魅力を持ったスーパースターだったのです。
標題の名言はジョーダンと何度もしのぎを削ったライバルの1人、ラリー・バードのあまりにも有名な言葉です。バードはフォワードとして活躍しました。すばらしい跳躍力と巧みなボールさばきでセルティックスの黄金時代を築き上げ、殿堂入りも果たしています。バードのスリーポイントシュートは正確無比で、芸術的であるとまで称えられたものです。 大学時代からのライバルであるマジック・ジョンソンとはNBA史上に残る数々の名勝負を残しています。
1992年に惜しまれつつ引退するまで12年間セルティックス一筋にプレーしました。彼が引退するときにはボストンのダウンタウンの高層ビルが彼の背番号33を描き出して引退を惜しんだそうです。現在はインディアナ・ペイサーズのフロントで手腕を発揮しています。
そのバードが1986年のプレーオフでジョーダンと対戦しました。このシーズン、NBA入りして2年目のジョーダンは足の故障でほとんどを欠場していましたが、プレーオフに入ってから復帰。当時史上最強とうたわれたセルティックスを相手に大活躍を見せるのです。
ジョーダンが全米を震撼させる活躍を見せたのはプレーオフ第2試合でした。なんと、この日ジョーダンは一人で63得点もたたき出したのです。これは今でもNBAのプレーオフ記録です。
この試合は結局セルティックスが2度の延長戦の後に制し、その後順当に勝ち進んでNBAファイナルズでも勝って優勝することになりますが、ジョーダンの実力が全米に広く知られたのはこの試合がきっかけでした。
この試合後、ジョーダンについて感想を求められたバードは次のように言っています。
"I didn't think anyone was capable of doing what Michael has done to us.He is the most exciting, awesome player in the game today. I think it'sjust God disguise as Michael Jordan."
バードは「今日のマイケルは誰にも止められなかった」と舌を巻き、さらに「今日の試合では最もエキサイティングで素晴しい選手だった」と称えています。そして、最後にNBAで最も有名な言葉の一つであり、ジョーダンの偉業とともに永遠に語り継がれるであろう名言を残したのです。「彼はマイケル・ジョーダンの姿をした神だ」と。
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