"Winning isn't everything. It's the only thing."
(元グリーンベイ・パッカーズヘッドコーチ ヴィンス・ロンバルディ)
いよいよ今週はアメリカ合衆国で絶大な人気を誇るNFL(National Football League=全米プロフットボールリーグ)が開幕します。フットボールを専門分野とする僕には楽しくもあり、忙しくもあるシーズンの始まりです。
フットボールファンなら知らない人はいないというくらいに有名な言葉がこれです。ヴィンス・ロンバルディ(1913〜1970)は1960年代に最強とうたわれたグリーンベイ・パッカーズのヘッドコーチでした。60年代だけでパッカーズを5回もリーグ制覇に導き、希代の名将として現在でも多くの尊敬を集めています。NFLの優勝決定戦であるスーパーボウルの勝者に贈られるトロフィーにその名前が冠されるくらいに、リーグ全体に及ぼした影響とその功績は大きかったのです。
ロンバルディは厳格でありながら慈愛に満ちた人格者として知られています。チームの勝利のために選手には全身全霊を傾けて試合に打ち込むことを要求する一方で、選手の生活環境を整えるために尽力しました。
よく知られているエピソードですが、当時のNFLでは運動能力の高いアフリカ系アメリカ人選手はNFLのチームにとっては欠かせない人材になりつつありました。パッカーズも例外ではありません。しかし、まだグリーンベイというウィスコンシン州の小さな町にはアフリカ系アメリカ人がほとんど住んでいなかったのです。そういう町にフランチャイズを置くチームにはアフリカ系アメリカ人はなかなか入団してくれません。人種差別を恐れたからです。
そこでロンバルディはアフリカ系アメリカ人選手を入団させると同時に、彼らが生活しやすいようにアフリカ系アメリカ人の医者や床屋などをグリーンベイの町に招聘(しょうへい)し、彼らが安心して生活できる環境を整えていったのです。こういった努力と60年代にチームがリーグを席巻した事実は無関係ではありません。
標題の言葉は実はロンバルディ自身が発した言葉ではないようです。たまたま観た映画の中で使われていた言葉を気に入り、折に触れてロンバルディが引用したというのが真相なのだとか。それでも今ではすっかりロンバルディの言葉として有名になってしまいました。
ロンバルディはまずWinning isn't everything.と言います。Not everythingは「すべてが〜というわけではない」もしくは「〜がすべてではない」という意味になりますから、この部分は「勝つことがすべてではない」と解されます。これを耳にした人は「きっとロンバルディは勝つこと以上に大切なことがあるといいたいに違いない」と思い、次にくる言葉として例えば「勝とうと努力することが大切なのだ」といった内容のものを期待します。
ところが、予想に反してロンバルディはIt's the only thing.つまり、「勝つことが唯一絶対なのだ」と言い放つのです。
Everything=allで、allの反対語がonly thingであると解釈すれば、レトリックを逆説的に使った巧みな言葉であることが理解できます。そうすることによって「競技では勝利以外に価値はない」との彼の信条を見事に言い表すことに成功しているのです。
ロンバルディには次のようなユーモラスな話も伝えられています。ある寒い冬の夜、ロンバルディは就寝しようと、妻が先に寝ているベッドにもぐりこみました。ロンバルディの体があまりに冷えているのに驚いた夫人は思わずこう言いました。「Oh my God! あなたの体冷たいわ」。それに対してロンバルディはこう答えたのです。「ハニー、家では僕のことを(God=神ではなく)名前で呼んでいいんだよ」。
|