「番記者(ばんきしゃ)」という言葉をご存知ですか?
最近ではこれをタイトルにしたニュース報道番組もありますから、耳にしたことはあるかもしれません。番記者とはメディア業界の用語で、特定の分野を専任で担当する記者のことです。英語ではbeat writerといいます。
専任という強みを持つ番記者はより深みのある情報を提供し、時にスクープをものにします。言わば、番記者はメディアの花形職業なのです。
記者数が少ないジャパンタイムズでは番記者は多くありません。外務省や国会担当の記者はいますから、彼らを番記者と呼ぶことはできそうです。わが運動部ではひとつの分野に専念できるだけの人数がいませんから、残念ながら番記者は存在しません。僕が入社以来、常に人手不足できゅうきゅうとしています。部員は必ず複数のスポーツを担当し、それぞれの記事を書けるだけのテクニックが必要とされます。
スポーツでは番記者は特定のチーム担当になるのが普通です。例えば、ジャイアンツ番といえば、その記者は一年中読売ジャイアンツばかりを取材します。プロ野球の記者は大変です。シーズン中はほとんど毎日試合がありますし、シーズン後も選手の移籍など話題に事欠きません。そして、年が明けたかと思うとすぐに自主トレからキャンプにと突入するのですから。
日本にいたころのイチロー選手や松井秀喜選手のクラスになると、個人に番記者が付きます。こちらは選手と個人的な付き合いが深くなります。一緒に飲みに行ったりすることも多いようです。ただし、選手が酒の席で胸襟を開いてプライベートなことを話したりすると、それを記事にするべきかどうかのジレンマに苦しむこともあるとか。それを記事にしたばかりに関係が悪化し、二度と心を許してくれなかったなんてエピソードも実際に耳にします。
僕の大学時代の先輩で、スポーツ新聞社で記者をやっている人がいます。彼はある超有名選手の番記者として長く過ごしました。その選手の新人のころから付いていたので、いろんな面倒を見たそうです。時には女性タレントとの食事をセッティングしたこともあるとか。番記者というのは本当に大変です。
長嶋茂雄さんがジャイアンツの監督をしていたころのキャンプのことです。長嶋さんは朝5時ごろに起きて散歩するのが日課だったそうです。長嶋さん付きの番記者は長嶋さんと一緒に散歩しながら雑談を交わします。ただの雑談のために、記者たちは眠い目をこすりながら朝早くにチーム宿舎に集合します。ただし、この雑談が重要なのです。
こういう場合には選手の状態やら開幕投手を誰にするかなどの重大な決断を話すことはありません。とはいえ、雑談の中から重要なヒントが導き出せることも少なくないのです。とくに長嶋さんのような国民的スターになれば、その一挙手一投足がすべてニュースになるといっても過言ではありません。番記者はそれらのすべてを逃さずキャッチしなければならないのです。
ジャパンタイムズのように番記者を持たない新聞社は、選手や監督が親しく口を聞いてくれる仲になるまで苦労を強いられます。僕は入社2〜3年目のころ、3月のオープン戦の時期にプロ野球のある試合を取材しました。ちょうど、目当てだった新人投手が登板したので。試合後に監督に評価を聞こうとして近づきました。
質問をする僕に、その監督は「アンタどこの記者?」と無愛想にたずねました。名刺を差し出して自己紹介をして、もう一度質問を繰り返しました。監督は足を止めず、名刺を受け取るでもなく、「(新人投手は)まあ、可もなく不可もなくってところじゃないの?」と一言答えただけで行ってしまいました。これでは記事にできるはずもありません。まだキャリアの浅かった僕はぼうぜんとして立ち尽くしてしまったことを覚えています。
他社の番記者たちはキャンプからチームに帯同していますから、この時期にはすでに監督や選手に顔と名前を覚えられています。そういう記者たちには選手たちもにこやかに対応し、いろんな話をしてくれます。ところが、このときの僕のように馴染みの顔には驚くほど無愛想になることが少なくないのです(もちろん、公平に対応する選手も多いです。松井秀喜選手はどの記者にも丁寧に応対してくれます)。番記者をうらやましく思うと同時に、うちのようなスタッフの少ない新聞社が他社に負けずに情報を集めるのは並大抵のことではないなあと思ったものです。
皆さんが読まれる新聞記事には番記者の拾ったネタがたくさん盛り込まれています。新聞によって書かれている情報量が違うのは、この記者の力量による場合もあるのです。そう思ってみると、新聞記事もまた違った楽しみ方ができると思いませんか?
次回予告:インタビューの醍醐味
記者をやっていてよかったと思う記事のひとつはインタビュー記事です。そのインタビューにまつわるエピソードをお話します。
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