現場で記事を書いていると、英語で文章を起こしている姿はかなり奇異に映るようです。今でもときどき、「英語で記事を書いているんだ。すごいねぇ」と声をかけられます。
確かに新人のころほどではないにしろ、今ですら英語でいいたいことを正確に表現するのは苦労をするものです。でも、ふそんな言い方になるかもしれませんが、僕は日本語で書くほうがよっぽど難しいと思うのです。
僕は帰国子女ではありません。英語は中高の6年間と受験時代、大学時代の1年間のアメリカ留学で勉強をしただけです。ですから、僕にとって英語は自然と言葉が出てくる言語ではなく、じっと考えてようやく搾り出す外国語に過ぎません。
入社したばかりのころはプロ野球を題材に英文記事の勉強をしました。スポーツ英語というのはいくつかのパターンがあって、それを覚えてしまえば、あとはケースバイケースで使う単語を替えるだけでそれなりの文章が出来上がるものなのです。そういう意味では英文記事を書く作業は公式に数字を当てはめる数学に似ているかもしれません。
いつかも書きましたが、僕は入社して数ヵ月後に雑誌に日本語の記事を寄稿するようになりました。このときによく知っているはずの日本語の難しさを改めて知らされたのです。
まず、書きたい内容を表現するときにどんな言葉を使えば分からなかった。皆さんの中でブログやホームページを主催している方もあるでしょう。自分の趣味を説明するときに苦労した経験はありませんか。自分が分かりきっていることを相手に誤解されないような文章で伝えるのは意外に難しいものです。
思えば、英語で文章を書く練習はたくさんしましたが、日本語で書く訓練はそれほどしていないのです。ですから、英語で記事を書くほうがよっぽど易しいと僕は思いました。
また、日本語の中には意味や使い方を間違って覚えている場合も少なくありません。英語の場合は教科書や先生を通じて勉強しますから、こういうケースはさほどないはずです。ところが、僕たちが普段使っている日本語の中には間違いがたくさんあります。いくつか例を挙げましょう。
「とんでもございません」と言ってしまうことはありませんか?よく耳にする言葉ですが、これは間違い。なぜなら、「とんでもない」はこれだけでひとつの言葉であって、「ない」の部分を「ございません」と丁寧語に変換することができないからです。この場合は。「とんでもないことです」とか「とんでもないことでございます」というのが正しい使い方です。
また、「間髪(かんぱつ)いれずに」という使い方も厳密には間違いなのだそうです。これは「間(かん)、髪(はつ)を入れずに」とするのが正しいとされています。
テレビを見ていて耳障りなのが「全然大丈夫」とか「やらさせていただきます」といった言葉です。「全然」のあとには否定後が来なければいけませんし、後者は「やらせていただきます」の間に余計な「さ」が入っています。識者と呼ばれる人たちがこういう言葉遣いをしていると、「見識のない識者だなあ」と思ってしまいます。
上記のような誤用はおもに話し言葉で使われるものですから、文章を書くときにはこういった間違いをすることはほとんどありません。文章で間違いやすいのは「役不足」、「確信犯」といった言葉ですね。「役不足」は「誰かに何かの役割を任せたいとき、その人の能力ではその役割を果たすのには力不足だ」という意味に間違って使われているケースがとても多いです。これは逆で、「持っている能力を発揮するに足らない役割」というのが本来の意味です。
確信犯はついこの間もスポーツ新聞で誤用をみつけました。確信犯とは「道徳や宗教、政治的信念に基づいて本人が正しいという意思を持って行われる犯罪」という意味であって「悪いと分かっていて犯す犯罪」ではありません。
僕は日本語で原稿を書くようになってから日本語についての本を何冊も読みました。会社ではこんなことを教えてくれる人はいませんから。「あいつは英文記者だから日本語が下手なのはしょうがない」と言われるのが悔しかったというのがその動機です。本を読むたびに、自分が間違って使っていた言葉を指摘され、恥ずかしい思いをするものです。今でも完ぺきに使いこなしている自信はありません。やっぱり日本語は難しいのです。
次回予告:記者の常とう文句にご用心
記者にはよく使う言葉というものがいくつもあります。特にスポーツ記事では大げさな言葉が氾濫していますね。「稀代の名選手」、「伝説的な英雄」、「〜の神」などなど。あまりによく目にするために、感覚が鈍くなっているのですが、本当にこういった言葉を乱用していいのでしょうか?僕は「満身創痍(まんしんそうい)」という言葉を絶対に使いません。それはなぜでしょう?こういった言葉をうのみにすると、正しい情報を見分けられなくなるような、そんな危惧を感じる今日このごろです。
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