記者ほど素敵な商売はない

Vol. 56 : 新聞の果たす役割

　前回まで3回にわたって新聞作りの工程をご紹介してきました。今週はその新聞の果たす役割について考えてみたいと思います。

　新聞の第一の使命は言うまでもなく、日常のニュースを始めとしたあらゆる情報を伝えることです。これは新聞が瓦版という形で誕生したころから変わりません。しかし、現代のように情報があふれ、テレビやインターネットで速報が伝えられる時代になると、かつてと同じ役割を果たすだけでは新聞は生き残れなくなってきています。

　テレビが普及したときに新聞の速報性は失われました。夕刊を含めても1日に2回しか発行されない新聞は、ほぼ24時間放映されるテレビにはどうしてもかないません。4月17日に発生した伊藤一長長崎市長（当時）銃撃事件はそれが浮き彫りにされた例でしょう。

　この事件は午後7時50分ごろに発生しました。午後9時から放送されたNHKのニュースでは伊藤前市長の容態が詳しく報じられたほか、番組中に容疑者の名前が判明したことが伝えられました。また、NHKよりも1時間遅く始まったテレビ朝日の『報道ステーション』では、城尾哲弥容疑者から局宛に犯行を予告するかのような手紙が届いていたことが報じられました。

　新聞がこの事件を報じることができるのは翌朝になってからです。夜が明けてしまってはすでに速報ではなくなります。

　インターネットもこの速報に拍車をかけました。情報を欲する人はテレビ番組のスケジュールにあわせる必要もなく、パソコンのスイッチを入れればいつでも自分の欲しい情報が手に入るようになったからです。

　では、新聞はどのように対抗すべきなのでしょうか。速報性がないということは裏を返せば発行までにじっくり時間をかけられるということでもあります。速報ニュースはどうしても情報量が少なくなります。テレビは放送時間という制限があるために、一つのニュースだけに時間をかけることはできません。

　その点、新聞はより多くの情報を盛り込み、さらに深く掘り下げた分析を報じることが可能です。新聞には紙面の制限はありますが、時間の制限に縛られることはありません。読者が自分の都合に合わせてじっくり読むことのできる記事を書くことができます。これが新聞のアドバンテージといっていいでしょう。

　現在の新聞は速報よりも詳報を重視しています。以前に比べると解説記事や雑感（ニュースのメーンストーリーを補うサイドストーリー）が増える傾向にあります。

　4月11日の日刊スポーツの紙面で読売ジャイアンツの新人・金刀憲人投手がプロ1勝を挙げた記事が掲載されました。その見出しには「おかんが助けてくれた」との言葉が添えられています。

　金刀投手は今年2月に母を亡くしており、まさに母に捧げる1勝でした。おりしも、母と息子の絆をテーマにした『東京タワー』がドラマでも映画でも話題になっている時期です。おかんとは『東京タワー』で息子が母親を呼ぶ呼称ですね。ちまたで話題になっているドラマをプロ野球と融合させた記事は新聞ならではのものでしょう。

　新聞に詳報性が求められるようになると問題になるのは記者の資質です。上記の日刊スポーツの記事が成立したのも担当記者の地道な取材と、はやりものに敏感な感覚があったからにほかなりません。これがなければ、どんなにいい試合、話題性のあるニュースでもただの無味乾燥な情報でしかなくなってしまいます。ただの情報に肉付けをして、面白いストーリーに仕立て上げる能力が今の新聞記者には必要とされているのです。

次回予告：NFLドラフトに見る組織作り

　4月28〜29日の週末にはニューヨークでアメリカのプロフットボールリーグNFLのドラフトが行なわれました。NFLのドラフトは組織作りの上で参考になる要素がたくさんあります。次回はNFLのドラフトを紹介しながら、プロチームの組織作りのあり方を見ていきましょう。