英語で記事を書くのがジャパンタイムズの記者の仕事ですが、僕は日本語を翻訳することがとても苦手です。ジャパンタイムズでは新入社員として入社すると、まず共同通信から配信される日本語の記事を英文に翻訳するトレーニングを受けます。こうすることによって記事特有の言い回しや、普段日本語で使っている時事用語の英語訳を覚えるようになるからです。
入社してすぐにスポーツ部に配属された僕は、この翻訳トレーニングをあまり受けませんでした。すぐに現場に放り出されたこともありますが、日本語のスポーツ記事というのは逐語訳すると英文としてまったく意味を成さなくなるからです。なぜだと思いますか。
それは、日本語で記事を書くテクニックや常とう文句は、基本的に英文で記事を書くそれとはまったく違うからなのです。ここに、日本語と英語の大きな違いが隠されています。そして、この違いこそが翻訳を難しいものにしているのです。
翻訳をする際に、まずしなければいけないことは適切な訳語を見つけることです。これがなかなか難しいのです。英訳をする際にどうしても頼りにしてしまうのが和英辞典ですが、この和英辞典はある日本語に対して、それと同じ意味を持つ英単語を羅列しているに過ぎません。その正しい使い方まで具体例を挙げて示してくれる和英辞書はほとんどないといっていいでしょう。もちろん、単語を使った例文を載せている辞書はたくさんあります。しかし、新聞記事で使われる複雑な日本語の翻訳に役立つような用例は、辞書ではまず見当たらないのです。
ためしに和英辞書で出てきた単語をやみくもにつなげて英文を作ると、まず例外なくネイティブのエディターに修正されます。時には「意味が分からない」と言われることもあります。
例えば、「残念だ」という言葉を翻訳する場合、英語に精通していない日本人はつい"pity"や"regrettable"などという単語を使ってしまいがちです。学校での英作文ではこれで十分でしょう。しかし、日常生活で使われる英語で新聞記事を書く必要がある私たちには、これらの単語は使えません。なぜなら、現代で「残念だ」を意味するとき、pity やregrettableはほとんど使用されていないからです。
では、何と言えばいいのか。答はdisappointという単語を使うことです。これが最も一般的に使われます。
ただ、気を付けなければいけないのは、disappointという単語は「がっかりさせる」という意味なので、「自分ががっかりした(残念だと思った)」という場合にはI was disappointed.と、受動態にしなければなりません。Surpriseやexciteなども同様の使い方をします。もし、I am disappointing.とすると、「私は人をがっかりさせてしまう人です」という意味になってしまいます。「〜が残念だ」という場合には〜 is disappointingと言うことができます。
日本語の記事と英語の記事のもう一つの大きな違いは具体性の有無です。この違いはスポーツの記事では特に顕著に現れます。例えば、「松井秀喜選手の活躍もあってヤンキースが快勝した」という文章は日本語ではOKですが、このまま英語にできません。どこが問題なのか分かりますか。
正解は「活躍」という言葉です。日本語で「活躍」と言えばそれだけで意味が通じます。しかし、英語ではそうではないのです。「活躍した」を英訳すると"played well"とか"performed well" "showed a good performance"などとすることができます。ただし、「どう活躍したのか」がこれでは伝わってこないのです。英文記事では具体的に物事を言うことが大切なので、この文章では読者は納得しません。松井秀喜選手がどのような活躍をしたのか(満塁ホームランを打った、4打数4安打だった、好守を見せた)が説明されていないからです。具体的に数字を入れることも英文を書く上ではとても大切なことになります。
翻訳をしていると、日本語はとてもあいまいな表現が多いことに気が付きます。あらゆることを具体的に説明しようとする英語とは、この点で大きく違うのです。これが翻訳の難しさなのです。
次回予告:W杯総括
来週の更新時には現在行なわれているアメリカンフットボールのW杯が終了しています(決勝戦は7月15日)。果たして日本は3連覇を達成したのでしょうか。初出場のアメリカはどのような成績を収めたのでしょうか。詳細をレポートします。
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