Writer's Biography
サイモン バーツ
1965年ウェールズ生まれ。大学でジャーナリズムを専攻し、卒業後は法廷記者として活動。その後ポルトガルで一年間過ごし、香港に渡る。そこで、音楽記者としてのキャリアを積み始める。3年後日本にたどり着き、JTに就職。学芸部で日本の音楽シーンを中心に取材活動をしている(執筆当時)。
My Article
思い出の記事:「ティーンと"ハイ"に過ごす」
"On a High with teens "
(2004年4月11日付ジャパンタイムズより)
Behind The Scene * 思い出の記事執筆時のエピソードを記者が語ります。
[ジャパンタイムズ・学芸部記者]サイモン・バーツ談
「ものすごくパワフルでクールで、実力派のバンドが下北沢でライブをするんだけど、見にくる?」って取材を通じて紹介されたのが彼女たち(=Thee 50's High Teens)だったんだ。とにかく、初めて彼女たちのライブを見たときはその迫力に圧倒されたよ。頭を殴られたような衝撃をうけたね。本当にすごいバンドだ!って。
で、その週もう一回彼女たちを見に行って、そのあと別のライブのあとのパーティーで彼女たちと合流したんだけど、そのときは「俺も来週君たちと福岡に行く!」とか酔った勢いで言っちゃって(笑)。
そのときちょうど仕事に追われる日々が続いてて、東京を脱出したいって思ってたんだよね。まぁ、人間思い立ったらすぐ行動に移すのがベストだよ。ただ、彼女たちは僕が現れた時ビックリしてたけどね、「酔っ払ってたわごとを言ってたんじゃなかったの?本当に来るとは思ってなかった!」って。
正直、俺の今までの人生で2番目に楽しい旅行だった。いい思い出もたくさんできたし。福岡の人たちはとてもいい人たちで、本当に面倒見がよくって、たくさん友達もできたんだ。
まぁ、この記事を読んだだけじゃ、「そんなにたいした旅行じゃないじゃん」って思う人も多いかもしれないけど、なにせ紙面に書けることってのはそれなりに制限があってさ、楽しかったことのほとんどが書けないような内容だったから(笑)。
この旅行記の続きを読みたい方は俺のホームページに来てね。で、紙面に載せられなかった裏の「楽しい」エピソードを知りたい人たちは俺にメールをくれたら教えてあげる(笑)。
Inside Out * 記者の隠された一面をご紹介します!
ロックと酒のない人生なんて意味がない〜!!と豪語するサイモン。しかし、その酒を愛するがゆえに彼は幾度となく痛い目に遭って来た。なりきり70sロックスターの彼が今までに経験した数々のお馬鹿な危機(?)のいくつかをここで紹介します。
気がつくと・・・Part I: 某野外ロックフェスティバルに出かけたサイモン、開演直後からテンションあがりっぱなしのはしゃぎっぱなし、朝11時から飲み始め、夜になっても家でみんなと徹夜で大暴れ、丸々2日間を炎天下の中、ビールとテキーラだけで過ごしたサイモン。パーティーも終わり、次の日出社しようと電車に乗ったが、気分がどうもすぐれない。会社に近づくにつれ状況は悪化。やっとの思いでJTにたどり着いたが・・・気がつくとエレベーターの前で倒れていた。携帯で社内の同僚をなんとか呼び出し、そのまま病院に直行。なんでも、極度の脱水症状だったそうな。ロックスターは、しばらく流動食で暮らすはめになった。
気が付くと・・・Part II:同僚の結婚式(バンドのライブ付き)にて、しこたま飲んで暴れて大騒ぎしたサイモン。その帰宅途中、2メートルを超える大男の友達にかつぎあげられ、そのままスーパーマンのような状態でブンブン振り回されてふざけていた・・・が、次の瞬間、気がつくと体は宙を飛んで、そのまま頭から先に床に叩きつけられていた(相手も酔っ払っていてどうやら落とされたらしい)。スターは大切な(?)顔を激しく損傷、頭がい骨には3箇所ヒビが入り、顎は骨折。鉄片で骨をつなぎ合わせる大掛かりな手術をするはめに。が、「飛行機に乗るときに金属探知機にひっかからないんだぜ〜」とめげていなかった。
気が付くと・・・Part III:毎晩のようにライブハウスに繰り出す日々を過ごすサイモン、その日もいつものようにライブを見に行き、はりきってステージから観客に向かって飛び降りる、いわゆる「ダイブ」を繰り返していた。かなり酔っていて記憶も途切れ途切れになっていたそうな。ふと気がつくと、腹部に激痛が走っていた。病院で診察をうけたところ、ろっ骨を3本骨折していたことが判明。「そういえば、あんまりよくは覚えてないんだけど、ダイブしてた時に何回か観客に受け止めてもらえなかったような気が・・・」とひどい仕打ちを受けていたスター。が、「でも、仕事は1日も休まなかったんだぜ!」と、誇らしげだった。 |