前回お話させていただいたように、親切なW管理部長さんのお陰で、私は外苑前にあるフランス企業でお仕事を始めることになりました。
Wさんは英語が堪能で、経理課長を経て管理部長になったという経緯もあり、彼女の下で秘書として働いた数ヶ月の間に、会社全体の仕組みや、様々な部署について、たくさんのことを学ぶことができました。
Wさんは、当時まだ若かったのにもかかわらず、実績がずば抜けていて、まさに理想のキャリア・ウーマンでした。仕事場では常に冷静沈着。部下を諭すときも、落ち着いていて理性的でした。
就職したての頃に、社会人としての自分の目標になる女性に出会えると、その後、自分が会社で、どういった仕事ができるだろうか、といった想像や希望をかきたてられ、すばらしいインスピレーションになると思います。
という具合に、上司はまさにワンダフルだったのですが、私はアメリカの大学を出たばかりで、「会社」という場所についてあまりに無知だったので、ここでも事件を巻き起こしてしまうのでありました。
勤め始めてから幾日もたたないある日。
W部長が
「加奈さん、必要な文房具をオーダーしていいわよ」
と言われました。
どこに買いに行けばいいのかとたずねると、1冊のカタログを手渡されました。
「アスクル」と書いてあって、「『明日くる』から、アスクルなのよ」と、同僚の方が教えてくれました。
「へー、こんな便利なサービスがあるんだね、日本は、すごいね〜」と、ありとあらゆる文房具が載っているカタログのページを、嬉々として、めくる石黒さん。
実は、私は、将来は文房具屋さんに勤めたいと思ったほどの文房具好きで、留学する前の中学生時代には、毎日のように文房具屋さんへ行って、新しいペンやノート、便箋などをcheck out(よく調べる)していたほど。
「スイス製のペーパーカッターが、いやいや、こっちの、ドイツ製がいいか? レター・ホールダーは、銀のやつがいいね」
などなど、ページを静かにめくること約1時間。
専用のフォームに書いて、ファクスで送りました。
すると、次の日。
「アスクルで〜す」
と、元気よく運びこまれたダンボールの数は4つ。管理局の人たちは、いったい何が起きたのか、と目が点になるばかりでした。
中から出てきたのは、小公女セーラが初めて学校に入ったときに、お父さんに買ってもらったような生活用品にも匹敵する文房具の数々。
どんなときでも慌てないW部長さんは、
「加奈さん、アスクルにどんなファクスを送ったの?」
と私に聞きました。
自分でも「こんなにたくさん、文房具をオーダーしたっけな?」とびっくりしつつ、彼女にファクスを渡すと、なにか必要なものをオーダーするときは、部長のハンコをもらうことや、予算に入っていない高額な買い物をする場合は、稟議書を書くことなどを教えてくださいました。
それにしても、私と同じ部署の方は、とんでもない新人が入ったな、と思ったに違いありません。「これだから、帰国子女は非常識で困る」と言われても、仕方のない過ちをけっこう平気に犯していた筆者なのでありました。
つづく
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